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レビュー
岡本敦史(ライター)
韓国が「ゾンビ映画不毛の地」だったというイメージは、もはや完全に過去のものと言っていい。まずはその山あり谷ありの歴史を簡単に振り返ってみよう。韓国初のゾンビ映画といわれる『怪屍』が誕生したのが、1980年。イタリア=スペイン合作の名作『悪魔の墓場』(1974年)のリメイク的作品だったが、当時の厳しい表現規制のおかげで見せ場の残酷描写を盛り込むことができず、ほとんど話題にならずに忘れ去られた(現在では一部でカルトムービー化)。2000年代に入ってからは、若手インディーズ作家のアンソロジー『隣りのゾンビ ~The Neighbor Zombie~』(2010年)、オムニバス映画『人類滅亡計画書』(2012年)の1エピソード「素晴らしい新世界」といった作品がぽつぽつと現れるが、いずれも批評的・諷刺的なアプローチが目立つ変化球的内容。そもそも韓国ではSFやホラーなどの「突飛な絵空事すぎる世界観」が観客にウケないという定説があり、ゾンビ映画は最も企画の成立しにくいジャンルでもあった。
そんな状況を一変させたのが、ヨン・サンホ監督の傑作『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)。ソウルからプサンに向かう高速特急KTXの車内で、爆発的に大量発生したゾンビと一般市民の攻防戦が繰り広げられる。アニメーション出身監督ならではの強烈なビジュアルインパクト、卓抜したアクション演出、手に汗握るスリルと熱いドラマ性が観客の心をつかみ、国内外で大ヒットを記録。この作品の成功により、韓国国内の映像業界でもゾンビものが続々登場するようになった。コメディタッチの快作『感染家族』(2019年)、ゾンビと時代劇を融合させたNetflixオリジナルシリーズ『キングダム』(2019年~)、コロナ禍とのシンクロニシティが話題となった青春サバイバル劇『 #生きている』(2020年)といった意欲作が次々と作られ、「Kゾンビ」という呼称まで誕生。ヨン・サンホ自身も『新感染』の続編として『新感染半島 ファイナル・ステージ』(2020年)を発表し、大スケールの終末サバイバルアクションを展開してみせた。
さて、そんな「Kゾンビ」ブームの立役者ことヨン・サンホが、新たに手がけたゾンビ映画が『呪呪呪/死者をあやつるもの』である。人気ドラマシリーズ『謗法~運命を変える方法~』(2020年)の劇場版で、ドラマ版と同様に『ファイティン!』(2018年)のキム・ヨンワンが監督を務め、ヨン・サンホは脚本に専念。主要登場人物はドラマ版を引き継いでいるが、ストーリーは映画独自の展開となっている。
物語は「生ける屍による殺人事件」というトリッキーな犯罪からスタート。新聞社を辞めて独立したジャーナリストのジニ(オム・ジウォン)は、その事件の犯人を名乗る人物からの接触を受け、恐るべき呪いと大企業の隠蔽工作が絡み合う巨大な謎に挑むことになる。ドラマ版の最終話で姿を消した、稀代の呪力を持つ《謗法師》の少女ソジン(チョン・ジソ)も再登場し、壮絶かつエモーショナルな呪術対決がクライマックスとなる。ドラマ版『謗法』の名場面を思い出させる仕掛けや、おなじみのキャストの活躍などが随所に盛り込まれたファンムービーとしても上出来だが、ドラマを観ていなくても単体でしっかり楽しめる作りになっているのが心憎い。また、ミステリアスな雰囲気醸成のために幾分スピード感が犠牲になっていたドラマ版と異なり、『呪呪呪』では演出・脚本ともにテンポの良さも活劇性も格段にアップ。才気溢れる映画人たちが、自身のフィールドで本領を発揮した快作に仕上がっている。何より強烈なインパクトを与えるのが、映画史上でも類を見ないゾンビ軍団の大乱舞シーンだ。
本作に登場するのは、15世紀朝鮮の古書「慵齋叢話」にも記述があるという韓国オリジナルのクラシックゾンビ《ジェチャウィ(在此矣)》。偉大なるジョージ・A・ロメロの作品群から派生し、現在では世界的に一般化した伝染病タイプではなく、呪術で蘇らせた死者たちを使役するというブードゥー教由来のゾンビに近い。しかし、そのアクションは古典とは程遠く、異常なまでにアグレッシブ! 修道僧のようにも見えるパーカーに身を包んだ100人のゾンビが、一点めがけて猪突猛進してくるアメフトさながらの集団襲撃シーンは、思わず笑ってしまうほど迫力満点だ。「全力疾走ゾンビ」といえば『ナイトメア・シティ』(1980年)や『ドーン・オブ・ザ・デッド』(2004年)などの先例もあるが、この作品ではさらに、ゾンビが車を運転して『マッドマックス』シリーズばりの カーチェイスアクションを繰り広げるという度肝を抜く展開に突入! これはさすがに世界初の試みといっていいだろう(というか、このアイデアを『新感染半島』にも盛り込んでほしかった!)。すでに死んでいるので、骨が折れようがハチの巣になろうが関係なく起き上がってくるゾンビの不死身描写もなかなかのインパクト。一作ごとに忘れがたいビジュアルを捻り出すヨン・サンホの発想力に、今回も感服するほかない。
このゾンビを操るのが、インドネシアのドゥクン(呪術者)という設定にも、目のつけどころの良さを感じる。インドネシアは昔から隠れたホラー映画原産国であり、現在も『マカブル 永遠の血族』(2009年)のモー・ブラザーズ、『禁断の扉』(2009年)のジョコ・アンワルといった気鋭の監督たちがジャンルの旗手として多数活躍している。インドネシア映画史に残るオカルトゾンビホラーの古典『夜霧のジョギジョギモンスター』(1980年)を、アンワルがリメイクした『悪魔の奴隷』(2017年)は、韓国のCJエンタテインメントが出資して東南アジア圏で大ヒットを記録。ホラージャンルを旺盛に開拓するヨン・サンホが着目したのも納得だ。『哭声/コクソン』(2016年)のナ・ホンジンも、タイのバンジョン・ピサンタナクーン監督と組んで呪術ホラー『女神の継承』(2021年)を発表し、近年は韓国と東南アジアの映画人交流が活発化しつつある。そして『新感染』ハリウッド・リメイク版の監督に抜擢されたのは、なんと『マカブル 永遠の血族』の共同監督をつとめたティモ・ジャヤント! そういう意味で、ヨン・サンホとインドネシア映画界のジョイントも思わず期待させてしまう作品なのだ。本作で呪いと同じくらい禍々しいものとして描かれるのが、大企業の非人間性。ドラマ版『謗法』や『サイコキネシス 念力』(2018年)とも共通する、ヨン・サンホ作品ではおなじみのテーマである。巨大な権力やシステムの横暴さに、弱き民衆がなすすべもなく蹂躙される理不尽を暴く、シニカルな社会派作家としての一面も本作にはしっかりと盛り込まれている。型通りの謝罪を出しておけばそれでOKと思っている企業(あるいは権力者)への憤りは、日本も韓国もあまり変わりないようだ。
そんな理不尽に立ち向かう女性記者ジニを、ドラマ版から続投するオム・ジウォンが颯爽と演じて実にかっこいい。そして、ドラマではまだあどけなさを残していたソジン役のチョン・ジソが、今回の『呪呪呪』ではすっかり成長した雰囲気をまとい、孤高の謗法師として大活躍してくれるのもうれしい。疑似家族のような絆で結ばれながら『謗法』最終回では寂しく別れたふたりが、意外な場所で再会するくだりも胸を打つこと請け合いだ。『新感染』以降、ヨン・サンホの作風で明らかに変わった点は、社会を変える役割を担うキャラクターとして女性を中心に据えるようになったこと。『新感染』で最後に生き残る者しかり、『新感染半島』の戦う母娘しかり。Netflix長編『JUNG_E/ジョンイ』(2023年)も、近未来SFアクションの装いを用いて、無慈悲なシステムに反旗を翻す母と娘を描いたドラマだった。本作のジニ&ソジンも、呪いと社会悪を叩き斬る最強カップルとして、今後も活躍することを願ってやまない。