プロダクションノート
学生時代から続けていたプロボクサーの道を諦め、サラリーマンを得て一念発起、俳優業を目指した木幡。日本で地道に活動するも、なかなか役には恵まれなかった中、中国映画『南京!南京!』(09)のオーディションに見事合格、その演技をみた『レッドクリフ』の製作総指揮であったハン・サンピンから中国で俳優をやらないかと誘いを受けたことをきっかけに単身中国へ渡り、中国語を独学で学び、ドニー・イェンやアンソニー・ウォン、スー・チー、ジョウ・シュンら第1級の俳優たちと渡り合うまでになった。
中国で様々な監督・俳優たちと演技、アクションの経験を積み、当時所属していたファントム・フィルムの小西プロデューサーは木幡竜を主演に「闘い」というテーマで作品を撮りたいと思い、『生きててよかった』が動き出すことになる。
『くそガキの告白』で、ほとばしるラストシーンを描いた鈴木太一監督と出会い、原作ではなくオリジナルでボクサーのセカンドキャリアに置けるリアルを描くというテーマが決定した。それはボクサーとして人生を歩んだ経験がある木幡の、「なぜボクサーの多くは他のスポーツと違ってセカンドキャリアがうまく築けないのか。なぜ上手く社会に適応できないのか。」という問いかけからだった。中学の頃、高校生に絡まれて喧嘩になり、自分の友達が目の前で血だらけになっているのに勇気がなく助けられなかった時、「圧倒的に強くなりたい」と思い、中学2年でボクシングをはじめた。高校1年の時には全国大会に出て、周りからも認められるようになってから、本当の強さは何かということに気づいた。「本当の強さは暴力で人を圧倒させることではなく、友達と一緒に血だらけになる勇気があるということ」だと。
木幡は高校在学中、リング上でなくなった同級生もいると振り返る。学生の部活動の中で、「死んでしまうかもしれない」状況に置かれ、それでもやり続けるのは、「おそらくアドレナリンの量が他のスポーツと違うし、中毒性がある。リングの上では他のことでは得られない興奮があり、一瞬で輝きをもたらされるからではないか。」と考える。鈴木監督はそんな話を聞き、「リングの上でしか生きられない彼らの幸せは何だろうと考えた時、普通の人たちが考える幸せと違う形の幸せ、“その瞬間生きていた”ことでその人たちの人生は成り立っているのではと思った。」と語る。
プロットに着手したのは2014年頃。当初5~6回書き直して、方向を修正していった。脚本の第一稿までに3ヶ月をかけた。鈴木監督自身も格闘技も好きではあったが、ボクサーの生き様だけになると暗い話になってしまうので、彼を取り巻く周囲の人々も含めて描くようにした。「俳優・映画業界にもボクシングと同様、“やめられない”と言う似たような部分があるので、健児というキャラクターを幼馴染にし、ボクサーの幸せを実感するヒロインとして幸子を入れた」と語る。
登場人物の構築は、脚本の打合せの中で変えていきながら、監督と木幡でボクサーの目線でこういうセリフはどうか、どういう描写がリアルか、などを話し合った。
ドクターストップがかかり、ジムの会長からも止められて強制的に引退させられたことにより、リングに上がることも許されず、自分が闘うことのできる地下格闘技という場所に流れていくのは創太にとっては自然な流れだった。木幡自身もボクシングをやめた時、「絶対に帰ってくる」と大橋ジムの会長や周りの方から言われたという。
プロットに着手してから6年、映画化への長い年月をかけてとうとう2020年12月から撮影が敢行された。10年ぶりとなる長編映画に挑戦した鈴木監督は、主要キャストのメンバーに対してどのような思いだったのだろうか。
企画から共に切磋琢磨してきた木幡とは、「実は言葉では言い表せない不思議な感覚を持っている俳優だと感じつつ、俳優人生をかけてこの作品に臨んでいる姿勢にとても刺激を受けていました。
アクションシーンになるととても生き生きとしてかっこよくなるので少し嫉妬しましたが、この作品での彼は、格闘シーン以外ではぬぼーっとしたキャラクターなのでそれがこの作品らしいと思いました。」と木幡との撮影を振り返る。
幸子というキャラクターについて、脚本でも現場でも、男が想像する身勝手な女性像にならぬよう配慮しつつもそれに囚われすぎないよう、苦労したキャラクターであったようだ。幸子を演じた鎌滝恵利に対して、「時に感情が溢れ出る俳優さんで、それが気持ちよかったので、なんとかこの感情で演じる幸子が輝けるようにと考え、挑みました。」と語った。
さらに10年前に撮った鈴木監督の劇場公開デビュー作「くそガキの告白」で、主演だった今野浩喜演じる健児については、「もっと売れたいのにとモガいている俳優は自分のまわりに多くいて、彼らの思いや苦しみは痛いほどわかるし、それは監督でも同じなので、自分がもし俳優を志していて妻と子供がいたらと想定した。今回も安心して思いっきり演じてもらいました。」と言い、前作と同様、今作も自分のことを投影したキャラクターであったようだ。
栁俊太郎については「ミステリアスな怖い役の印象があったのですが、実際はとても接しやすい人で、それが新堂というキャラクターにも少し通じるところがありました」と語る。
長井短演じる絵美については、「この作品において唯一に近いくらい一般的であり、さらに男側が考える都合の良い女性となりかねないという危惧もあったので、衣装合わせの時に長井さんに相談したらとても聡明で現場でも助けられました。」と感心したという。
さらに創太の母を演じた銀粉蝶について、「本当にお母さんのようで、バカ息子が変な脚本書いたけど私は好きよ、と言ってもらえているようで心強かった」と振り返り、火野正平は、「芝居に関係のない面倒くせえことはしないぜという潔い方なので、撮影に集中させてくれましたし、こういうほうが女性がかわいく見えるよ、など現場でもアドバイスいただき、まるで師匠のような感じでした。」とベテラン俳優に支えられたことを明かした。
冒頭で松本亮演じるボクサーにノックアウトされ、倒れるシーンではリアリティを追求し、木幡からの提案で本当に殴られて倒れるという形を提案。だが、1テイク目では倒れるスピードが速すぎ、現役のチャンピオンのパンチを2回食らうことになる。あえて生身で本気でやるというリスクを負うことができたのは木幡だからなせる技。
木幡は、「確かに怪我をしたら撮影ができなくなってしまう危険性があったが、世界のアクションはいま、どんどん生っぽくなっていっている。ドニ―・イェンが作ってきたものをハリウッドが取り入れて・・・という風に。日本でこの企画をやるなら自分が体を張るしかないと思った。」と語る。
初めてボクシングを会場で見た人がその迫力に驚くように、実際の闘いの迫力は画面の向こう側には伝わっていない。だからこそ、「リアリティを魅せる」というアクションに拘ることを前提とし、アクション監督は園村さんにお願いした。
「とはいえ、どの映画をみても、パンチが当たって倒れるときの生気が失われた人間の目を観たことがなかったので、生っぽいアクションを撮れる園村さんに加えて、そこのシーンだけは実際に生でやりたかった。」と木幡は語る。そのシーンが1つあるだけで全部がより生っぽく見えるのではないかと考えた。だがその他のシーンは綿密な動きとカメラワークでほぼ型が決まった形で演技している。
これだけアクションにこだわった映画ではあるが、鈴木監督は、「この作品ならこの人だ!とずっと思いを寄せていたアクション監督の園村さんにやっていただけたので、(限界もありますが)時間がかかろうが何だろうが園村さんのやりたいことを気持ちよくやってもらいたいと思っていました。」と、初の本格的なアクションシーンを撮ること全てが発見だったようだ。
それに対して、芝居場については、園村さんのアクションシーンに負けないような芝居をと、対抗意識を燃やしていたという。そんなこだわりがこの作品を深みのあるものにしていった。創太が生き生きしているアクションシーンに比べ、日常のシーンは鬱屈とし、その先にあるバトルとも言えるセックスシーンではアクションさながらの二人の意気込みがスクリーンを覆う。園村:
アクションを作る上で意識したのは“カッコ悪くも面白い”です。目指したのは、見ていてワクワクして感情移入しやすいカッコ悪さ。ストーリーが進む中でそのカッコ悪さが洗練され、感情的にもどんどん上がっていく。決め決めにならず荒々しく、そんな狙いを持って臨みました。
木幡:
地下格闘技場面は、その場で戦っているかのようなストリートファイトに見えるかもしれませんが、園村さん のアクションはカメラアングルも映り込む角度も含めてすべてミリ単位で決まっている。アドリブを入れる余地はありません。練習を重ねる中で僕のアイデアを 採用していただく こともありましたが、基本的にはすべて園村さん に言われた通りにやっています。
園村:
木幡さんから出るアイデアというのも、実際に人と拳を交えて戦ったことがある人でなければ出てこないようなものばかりでした。練習の場でも木幡さんはプロボクサーのキャリアを持つだけあって、基礎を素っ飛ばして即実地からというスムーズなものでした。
木幡:
楠木創太は悲壮感を持ったストイックな人間なので、まずは鈴木監督から10キロ減量の指示が出ました。とはいえ僕は減量していない状態でも体脂肪10%もないので、一般の方が減量するのとはわけが違います。その時出演していた中国映画の撮影が延びてしまったことから、中国のジムで鍛えて食事制限もして6キロ減量。それもあって中国映画のクライマックスでは別人のように映っているかもしれません(笑)。帰国してからは園村さんらアクションチームと本当に喧嘩をしているような厳しい練習の日々を過ごし、そこからさらに4キロ落としました。まず、食事の絶対量を変えます。朝は食べずに昼と夜。だんだん量を減らして炭水化物も減らしていきます。最後の1ヶ月は1日1食にして、豆腐に納豆をかけて食べる。それにスープ春雨。この三種類を食べるというより摂取するという感じです。撮影中もほぼ同じなので2ヶ月間ぐらい同じもの食べることになりました。
園村:
特に総合格闘技のグラウンド系は体力を消耗しますから、練習を重ねれば重ねるほど木幡さんがどんどん細くなってくるという(笑)。同じアクションであっても、見ていて面白い人とそうではない人がいます。ジャブ一つでお金を取れるか否か?その点、木幡さんには蓄積されたキャリアがありますから、拳と拳の戦いをやり続けた人にしか出せない凄みがありました。
園村:
プロボクサーの松本亮さん(第34代OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者)を相手にした冒頭のボクシングでのノックアウトシーン。そこで木幡さんは…本当に殴られています!
木幡:
アクション監督の仕事とは、パンチやキックを当てないでいかに効果を生むかが勝負だと思うので、役者に「ガチで殴られてほしい」と言う方はいません。しかし僕としては、ノックアウトされたときの目がイッちゃってる芝居では絶対にできないと思っていました。ならばどうするか?ほかの俳優ができなくて僕が出来ることは?…そう考えたときにガチで殴ってもらって本当にノックダウンされることを思いついたんです。
園村:
アクション場面での安全管理も僕らの役割の一つ。ハプニングが理由で撮影がストップするなんて本末転倒ですから、最初は当然止めようとしました。でも木幡さんの熱意というか、「それをやることで映画がガラッと変わるから!」という信念と覚悟があまりにも強くて。結果的に周囲に内緒でやってもらいました。
木幡:
カメラマンの高木さんには詳しく説明せず「凄いスピードで倒れるから絶対に追ってね」と伝えただけ。いざ本番で思い切りパンチが入って僕が崩れ落ちたときはみんな騒然!すると園村さんが急いで駆け寄って来てこう言いました。「木幡さん…もう一回いいですか!?」と。さすがに「もう一回は勘弁して!」と思いました(笑)。
園村:
ちょっとカメラ映りがイマイチで…。せっかくガチでやってもらったにもかかわらず、それなりの映像が撮れたからOKにはしたくなかった。であればもう一度だけスミマセンと(笑)。
園村:
楠木創太と対峙する敵の得意分野によって戦い自体の質が変わってくるので、最初の敵はボクシングにはないケリを中心にしたファイターにして、そのファイトスタイルに戸惑う創太という姿を押し出しました。二人目は一転してグラウンド系のファイター。それに対して創太はどのように戦いを挑むのか?創太は試合を重ねる中で蹴りや寝技への対策をしますが、ジムで習うような設定ではなかったので、格闘技ジムで習うドリル的な対処法は採用せず、彼の根性や本能のままでやったように見える動きを意識。なおかつ地味になりすぎず、見ていて滑稽ながらも熱くなるような絶妙なバランスを狙いました。
木幡:
締め技からのエスケープ方法もテクニックではなく、力まかせに耳が赤くつぶれるような抜け方をしたりして、誰も気づかない細部ではあるけれど、それがあるのとないのとではリアリティに大きな差が出る。園村さんのアクション演出は非常にきめ細やかで、要求されることも非常に高い。中国映画界を含めてもここまで細部にこだわり、スキルの高いアクションを要求&実現していく人は初めてです。生っぽいバトルをやらせたら園村さんの右に出る者はいません。
園村:
ボクシング映画や格闘系映画の撮影スタイルとしては、手持ちカメラで接写して細かくカットを割って編集のリズムで迫力を演出するパターンがあります。しかし今回は戦っている二人の空気感やフェイントを入れる時のリアルな間合いや息遣いを殺したくなかったので全身を映そうと。カメラで試合全体を捉えることで、あたかもリングサイドで試合を目撃しているかのような効果が生れたはずです。
木幡:
一番近くで見ていた栁俊太郎君からは「本当に殴り合っているとしか思えない…」と言われました。地下格闘技シーンはバンテージを巻いているとはいえ、ほぼ素手。パンチが当たったら間違いなく怪我という状況下。そんな危険な中でも本気のスピードでやらせてくれたスタントマンの優秀さには頭が上がりません。
園村:
いまだかつてないアクションシーンの連続だと思います。そもそも主演俳優から「ガチで当ててください!」と言われることなどないですから(笑)。
木幡:
とはいえケガ人はゼロです!ただし、僕は2回くらい失神しました。ハイキックをギリギリで避けようとし過ぎて反応が遅くなり、側頭部にゴン!チョークスリーパーで気絶もありました(笑)。
園村:
本気のチョークスリーパーも木幡さんからの要望でした。自分の首と相手の腕の間に隙間が見えるのは嫌だと、相手役にしっかりと締めてほしいと…。
木幡:
しっかり締めてもらわないと、顔の血管も浮き上がらないのでリアルに見えません。もちろん相手の方はプロのスタントマンですから、手加減はしてくれています。本当に絞められたら3秒も持ちません。
園村:
どれくらいで失神していましたっけ?
木幡:
えーと…2秒だね(笑)!
園村:
あれには驚きました。急に木幡さんの動きが止まったと思ったら、次の瞬間に「あ、スミマセン!」と目覚めるという(笑)。
木幡:
アクションシーンを撮影するにあたり、僕はスタントの方々全員に「いつもとは全く違うと思ってもらって大丈夫です。本気で当ててもいいからその気持ちで来てほしい」とお願いしました。本気であればあるほど筋肉の躍動感や見え方も変わってくるからです。
園村:
主演俳優がそこまでの気迫を持って臨んでくれるというのは、僕らアクション部としても嬉しいこと。テンションも一段と上がりました。
木幡:
この映画のチームは全員狂っています!(笑)。鈴木監督も10年ぶりの長編映画でテンションも高く、僕が工場で殴られる場面で「この人は大丈夫な人だから!」と相手役の俳優に言っていました。プロデューサーも万が一僕に何かあっても撮影が終わるように撮影スケジュールの最後に格闘技場面の撮影を組んでくれました。最狂チームのお陰でいまだかつてない映画が完成。ほんと“生きててよかった”です!
(取材・文・構成:石井隼人)