イントロダクション

批評・興行の両面で大成功を収めた『ヘレディタリー/継承』の全米公開前から、すでに製作準備が進められていた『ミッドサマー』。この規模の作品で、長編デビュー作と二作目のインターバルがこんなに短いケースも、昨今では非常に珍しい。さすが、巨匠マーティン・スコセッシもその才能を認めた映画監督のことだけある。
全米公開時の2019年の真夏にL.A.に飛び、ハリウッドのアークライト・シネマで『ミッドサマー』を鑑賞した。なるほど、これはカラフルで凶悪な北欧版の『ウィッカーマン』ではないか、という第一印象だった。もちろんこれは『ウィッカーマン』の二番煎じという意味などではなく、そこにはアスターの嗜好やエッセンス、こだわりが存分に詰め込まれていた。文芸的でインテリジェントな香りがする繊細なアート映画とホラー映画の融合。その天才的なバランス。このスタイルを新たに進化させたのが、『ミッドサマー』なのだ。

『ヘレディタリー』同様、いやそれ以上に、ディテールの細かい数多くの謎が隠されたこの映画を解読するためのヒントを、項目別に、完全ネタバレで取り上げてみたい。映画を読み解き、より深く理解するための一助となれば幸いです。

小林真里(映画評論家/映画監督)

隠された謎

(内容は随時更新いたします)

  • 1.タペストリー

    映画冒頭に登場する、左側にダークで寒々しい真冬、右側にカラフルで生命感あふれる真夏の二つの季節が描かれたタペストリー。よく見ると、ここですでに物語の展開と登場人物たちの運命が示唆されていることがわかる。冬の絵の中心にいる女性はダニーで、残りは死んだ家族と死神。続いて、傷ついたダニーをなだめるクリスチャンと、天使のようなペレ。ハーメルンの笛吹き(後述)ことペレに連れられてスウェーデンのコミューンに向かう一行。ホルガに迎えられるアメリカからのゲストたち。そして最後が、クライマックスのメイポール・ダンスだ。

  • 2.タペストリー2 (ラヴストーリー)

    本編開始から45分後に登場し、イングマールが「ラヴストーリー」と呼ぶタペストリー。ブロンドの少女がある男性に恋をし、夢占いをした後に自身の陰毛を切って食事に混入、それを食べた男性と少女は結ばれる、というストーリー。これはまさに、その後のクリスチャンと赤毛の少女マヤの運命を示唆している。

  • 3.ウィッカーマン

    1973年にロビン・ハーディが監督したイギリスの傑作ホラー。スコットランドの中年巡査部長ニールのところに、孤島で行方不明になった少女を探してほしい、という匿名の手紙が届く。早速島に捜索に向かうニールだが、そこはキリスト教以前のケルト的宗教が支配する異様な島だった……。「カルト」「五月祭」「宗教儀式」「人間が生贄」「性的な儀式」「生きた人間を火で燃やす」「スパイラルダンス」など、多くのキーワードが『ミッドサマー』と共通している。2006年にニール・ラビュート監督、ニコラス・ケイジ主演で同名リメイクが製作されたが、こちらは興行・批評の両面で惨敗した。『ウィッカーマン』はエドガー・ライト監督『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』やベン・ウィートリー監督『キル・リスト』などにも大きな影響を与えている。

  • 4.フォークホラー

    『ミッドサマー』は、本国アメリカをはじめ海外ではフォークホラーのジャンルで括られている。あまり馴染みがないサブジャンルだが、その特徴、共通して挙げられる要素は下記の通り。

    1.イギリス産である(オカルト・リバイバル文学や文化の、多くのソースがイギリスの民間伝承)。

    2.ミニズム(精霊信仰)やパガニズム(異教信仰)を描いている。

    3.その土地・場所のご先祖様の霊をなだめるために人間に処罰を下す、または犠牲にする。

    4.多くの登場人物が、他の登場人物が超自然現象を見つけてしまうのでは、という信念体系を共有しており、これが信頼におけるジレンマを生む。

    5.その風景は美しい手法で描かれる。視覚面、音響面は奇妙で恐ろしく、示唆に富み、不気味に感じられる。

    フォークホラーの代表作は、『The Witchfinder General』(1968)、『The Blood on Satan's Claw』(1971)、『ウィッカーマン』(1973)という三本が挙げられる。Folkには、「民族の」「民間起源的な」という意味がある。

  • 5.アッテストゥパン(Ättestupa)

    劇中、72歳を迎えた老人が崖から飛び降り命を絶つ戦慄の儀式。スウェーデンで「崖」「絶壁」を意味する言葉だが、北欧の先史時代には老人が崖から自ら身を投げる、もしくは誰かに突き落とされて命を落とすという儀式があったと言われている。一部の神話によると、自分の身の世話をできなくなった者や、家庭の手助けができなくなった老人が、この儀式で自ら命を絶ったたという。

  • 6.スウェーデン

    映画の舞台は北欧の国、スウェーデン。アリ・アスターが敬愛する、イングマール・ベルイマンの母国であり(『ミッドサマー』にはイングマールという名のキャラクターが登場する)、同じく、アスターが「自分にとって重要な監督」と語るロイ・アンダーソンを生んだ国でもある。アスターは15歳の時に母親と一緒に映画館で『散歩する惑星』を鑑賞し、「人生を変えられた」という。『ミッドサマー』の映像空間の隅々まで意志が感じられる細かいディテールやデザインなどは、アンダーソンからの影響だろう。ちなみに、『ミッドサマー』は実際にはバジェットの問題からスウェーデンではなく、ハンガリーのブダペストで撮影されている。近年ブダペスト、ブカレスト(ルーマニア)、ソフィア(ブルガリア)といった東欧の国でハリウッド映画が撮影するケースは増えており、例えばドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『Dune』(2020)も主にブダペストで撮影を行なった。

  • 7.隠された顔

    映画の終盤、メイポールのダンスコンペティションに優勝し「メイ・クイーン」(5月の女王)に選ばれたダニーが、カルトメンバーたちに立ったまま担ぎ上げられ、ディナーテーブルに向かうシーン。その背景の森の一部が、よく見ると、なんと人間の顔を形成しているのが見える。口元にはガスの排気チューブが長く伸びていることから、これはダニーの、排気ガス自殺をした妹テリーであることがわかる。トラウマ的な映像をサブリミナルに見せるアスター監督の徹底した細やかな恐怖演出に戦慄が走る。

  • 8.熊

    絵の中や、檻の中の本物など度々映画に登場する熊。エンディングではクリスチャンの体に殺された熊の皮が縫いこまれ、そのまま彼は生きたまま炎に包まれ死を迎える。熊は北欧神話やスカンジナビアの民間伝承における重要なシンボルである。オーディンやヴァイキングは熊を崇拝し、ベルセルクなどハイランクの戦士たちは熊の皮を着込んで戦ったという。これはカルトに子孫繁栄の種を残して人身御供的にこの世を去るクリスチャンへのせめてもの最期の餞けということか。もしくは、死ぬほど絶望している恋人に不誠実で、親友の論文の題材を平気で盗用する非情な外道に相応しい厳罰的な末路と見るべきか。

  • 9.血のワシ

    この『羊たちの沈黙』のレクター博士のような見事な仕事ぶりは一体なんだ?と思わせる、鶏小屋の中で翼を広げた鳥のように吊り下げられた、イギリス人サイモンの残虐かつ凄惨な処刑シーン。肺は体の外に出ているが、サイモンはまだ息をしているのだ。これは北欧文学の後期スカルド詩の中に綴られている儀式的な処刑方法「血のワシ」(Blood Eagle)。犠牲者をうつぶせに寝かせ、刃物で脊髄から肋骨を切り取り、生きたまま肺を体の外に引っ張り出して、翼のように広げるという。一番古い記録は865年、ヴァイキングの指導者、骨なしのイヴァールが父で古代スカンジナヴィアの伝説的な王であるラグナル・ロズブロークを蛇穴で殺害した、ノーサンブリアのアエルラ王への復讐の際に、この残虐処刑法を採用したという。

  • 10.スキン・ザ・フール(愚か者の皮剥ぎ)

    ホルガの若者たちが手をつないで踊っているシーンがあるが、これは「スキン・ザ・フール」。アリ・アスターが生み出した架空のゲームだ。映画の終盤で、殺されたマークがいかにもバカっぽい(Fool)帽子をかぶり、顔面の皮(Skin)を失って、もはや誰か判別不可能な姿が映し出される。このゲームは、コミュニティの神聖な木に平気で立ちションをする愚か者、マークの運命を示唆していたのだ。ちなみに下半身の肌の皮は、アイスランドの「ナブロック」(Nábrók)がモチーフかもしれない。ナブロックは死者の皮で作ったパンツで、これがあれば無限にお金を生み出すことができるとアイスランドの魔術の世界で信じられていたという。

  • 11.数字の「9」

    『ミッドサマー』には「9」という数字が頻出する。「9日間のフェスティバル」「生贄の数は9人」「ホルガでは72歳になったら死を迎える」(7+2=9)「90年に一度の儀式」などなど。北欧神話には、アスガルド(『マイティ・ソー』でお馴染み)を含む「9つの世界」が登場することが、なにか関係しているのかもしれない。また、北欧神話の主神オーディンがルーン文字の秘密を得るために耐え抜いた肉体的苦行は「9日間」であった(後述)。ちなみに、映画のタイトル「Midsommar」も9つのアルファベットから成立している。

  • 12.数字の「13」

    メイ・クイーンに選ばれたダニーは、13人の女性たちのチームによってリードされ、貨車で連れられていく。また、クリスチャンとマヤのセックスの儀式の場にいる女性の数は、計13名だ。これは「13の月の暦」(1ヶ月を28日で固定し1年を13ヶ月=364日とする暦。1849年にフランスの哲学者、オーギュスト・コントが提唱)か、伝統的な魔女の集会=コヴン(Coven)の参加人数=13を象徴しているのかもしれない。いずれにせよ、フェミニンなシンボルだ。

  • 13.ペレ

    クリスチャンたちの大学の同級生のスウェーデン人で、アメリカ人の生贄となる彼らを故郷ホルガに招き入れた諸悪の根源。映画中盤で彼が子供の頃に、両親が「炎に包まれて死んだ」とダニーに告白。ここでクリスチャンたちの身に降りかかるクライマックスの惨劇が示唆されている。

  • 14.ルビン

    カルトのメンバーたちにとって生きる指針であり、なによりも大切なルーンの聖書ルビ・ラダー(Rubi Radr)を書き続けることができるのは、俗世との繋がりがなく汚れがない、近親相姦の末に誕生し障害を抱えたルビンだと彼らは固く信じている。日本でいう古代の巫女、もしくはシャーマンかオラクルかというポジションを担うのがショッキングなビジュアルの存在というのも、このカルトの異様さを際立たせている。ちなみに、あのヘンリー・ダーガー・チックなメルヘンでカラフルな壁の絵やタペストリーを描いているのもルビンだ。

  • 15.ミッドサマー

    英語の綴りはMidsummerだが、スウェーデンではMidsommarと表記する(発音はミィドソンマル)。ミッドサマーは、スウェーデンで6月下旬に行われる、夏至をお祝いする伝統的なお祭りだ。ミッドサマーの象徴として有名なのが、映画の中にも登場するメイポール。白樺の葉と季節の草花で飾ったポールの周りでみんなでダンスをする(定番として有名なのがカエルのダンス)。このダンスで欠かせないのが、ミッドソンマルクランスと呼ばれる美しい花の冠。色彩豊かな草花を使って作られた冠をかぶって踊るのだ。ちなみに、ミッドサマー(夏至)のお祭りはスウェーデンだけのものではなく、例えばノルウェイやデンマーク、フィンランド、ドイツでは6月23日周辺の夏至のお祝いの日に大かがり火を起こし、その周りで踊ったりする。

  • 16.メイ・クイーン(5月の女王)

    ダンスコンペティションで勝利し、栄えあるメイ・クイーンに選ばれるダニーだが、6月開催のスウェーデンのミッドサマーには実は存在しないメイ(5月)・クイーン。しかし、5月1日の祝日「メーデー」(May Day)の日に、イングランドやカナダのブリティッシュ・コロンビアでは、この祝日のお祭りで「メイ・クイーン」に選ばれた若い女性が、処女性のシンボルである白いガウンを着て、花飾りのついた冠をかぶってお祭りのパレードの先頭を歩く。また、若さと春を祝う「メイポール・ダンス」の前にスピーチを行うという。つまり映画では、スウェーデンのミッドサマーに、他国の祝祭とその要素を組み合わせたというわけだ。

  • 17.ハーメルンの笛吹き男

    スウェーデンに到着し、ペレの故郷であるコミューン、ホルガに向かって森の中を突き進むダニーたちアメリカ人御一行。迷路を進むように、森の真上から映し出されるこの空撮ショットが彷彿とさせるのが「ハーメルンの笛吹き」だ。1284年にドイツのハーメルンで起こったとされる集団失踪事件を基にした有名な伝承だが、大人たちに騙され復讐を誓う男の笛の音につられて約130人の子供達が山の穴の中に向かい、その後二度と帰ってこないという物語。『ミッドサマー』における笛吹きは彼らを生贄としてホルガに招き入れたペレであり、子供たちは言うまでもなくクリスチャンたちアメリカ人だ。映画冒頭のタペストリーには、はっきりと笛を吹く男の姿が描かれている。

  • 18.『悪魔のいけにえ』

    大学の論文のため深夜に神殿に忍び込み、カルトの神聖なルーンの聖書ルビ・ラダー(Rubi Radr)を無断で写真撮影するジョシュ。すると、そこに何者かが現れる。「よせマーク、ふざけるんじゃない!」とジョシュ。しかしよく見ると、それはマークの顔面の皮をかぶり、マークの下半身の皮を腰に巻いた謎の男だった(コミューンの大切な神聖な木に小便をしたマークは食事中にカルトの女の子に誘い出され、密かに殺されたのだ。犯人はおそらく激昂していたウルフだろう)。その直後、ジョシュは何者かに頭部を激しく殴られる。ここで思い出すのが、トビー・フーパー監督『悪魔のいけにえ』(1974)のレザーフェイスの所業(特技)である。あの巨漢の殺人鬼も憐れな犠牲者の顔面の皮を剥いでマスクを作っていたではないか。そして、『悪魔のいけにえ』も『ミッドサマー』も、主人公は女性であり、二人は地獄のような苦難の数々に直面しながらも、なんとかサバイブするのだ。

  • 19.サイケデリック

    ドラッグを扱ったサイケデリックムービーには、ケネス・アンガーの『快楽殿の創造』(1954)からギャスパー・ノエの『エンター・ザ・ボイド』(2009)、最近ではパノス・コスマトス監督の快作『マンディ 怒りのロード・ウォリアー』(18)まで枚挙に暇がないが、『ミッドサマー』もしかり。スウェーデンのコミューンに到着したダニー一行は、早速ドラッグをキメるが、ここでダニーは一人バッドトリップし、トイレの中の鏡に死んだ妹の姿を見て、恐怖と悲しみに暮れる。クライマックスのダンスコンペティションの直前にも、ダニーはドラッグが入ったお茶を飲み、自分の足に草が生えているような幻覚を見る。しかし、このときのダニーはバッドトリップではなく、グッドトリップだ。笑顔で気持ちよく陶酔し、踊り、覚醒し突然スウェーデン語が話せるようになった彼女は勝者となり、女王に選ばれる。ラストの笑顔にもつながるが、彼女はこのとき吹っ切れたのだ。悲劇から生まれたカタルシスであり、悟りのエクスタシーである。

  • 20.アッテストゥパンの残酷描写

    カルトのルールに則り、72歳を過ぎたことでこの世を去るため、崖の上から落下する二人の老男女。このショッキングな残酷顔面(人体)破壊描写は、最近この規模の作品ではなかなか見ることがない貴重な光景だ。このゴアシーンを見てまず思い浮かんだのが、トランスアグレッシヴの雄、ギャスパー・ノエであり、虚を衝く衝撃バイオレンスはミヒャエル・ハネケ、詩情の中のトラウマ表現に関してはラース・フォン・トリアーだ。ちなみに、意識的ではないが結果的に『ミッドサマー』は、ラース・フォン・トリアーの『ドッグヴィル』にインスパイアされていることをアスターは認めている。「あの映画には最後までカタルシスがつまっている。僕も『ミッドサマー』にカタルシスを感じて欲しかった。観客にエンディングで喜び、興奮してもらいたかった」とアスターは語る。

  • 21.フローレンス・ピュー

    主演ダニーを演じたのが、イギリス出身若干23歳の天才女優フローレンス・ピュー。デビュー二作目にして主演を務めた『Lady Macbeth』で貫禄の演技を見せ、批評家から大絶賛される。その後、ドゥエイン・ジョンソン共演の実録ドラマ『ファイティング・ファミリー』では人気プロレスラーを、ジョン・ル・カレの原作小説を基にパク・チャヌクが監督を務めたイギリスのTVミニシリーズ「Little Drummer Girl」では、モサドにスカウトされスパイに身を投じる主人公を熱演。グレタ・ガーウィグ監督『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』では四女エイミーを演じ、今年のアカデミー賞助演女優賞にノミネートされている。話題の超大作『ブラック・ウィドウ』ではスカーレット・ヨハンソンの妹を演じる。

  • 22.メロドラマ

    アスター監督のメロドラマへの愛情が顕著な『ミッドサマー』。脚本執筆時に恋人との破局の真っ只中にあったアスターは、破局(ブレイクアップ)についての映画を作ろうと思い立つ。オペラ的で黙示録的な破局の映画を。アスターは『ミッドサマー』を「フォークホラーの皮をかぶったブレイクアップ・ムービー」と評する。破局の悲劇とフォークホラーの惨劇を呼応させ、融合させたというわけだ。『ミッドサマー』に影響を与えたメロドラマ映画として、アスターはアルバート・ブルックス監督・主演の『Modern Romance』(1981)と、アスターのヒーローであるイングマール・ベルイマンのTVミニシリーズ「ある結婚の風景」(1973)を挙げている。

  • 23.エンディング

    陰毛をパイに混入し、処女を差し出した赤毛の少女マヤと「セックスの儀式」を終えたクリスチャン(日本版は当然モザイクが入っているが、オリジナルでは事後の性器に血が付着していた)。外部の血を入れ、コミューンを維持するための種(精子)を手に入れ、用済みとなった彼か、ガラガラ抽選器のくじで選ばれたカルトのメンバーの一人、トービヨン。この90年に一度のミッドサマー大祝祭の儀式最後の生贄に、二者択一を迫られたダニーが選んだのは、恋人クリスチャンだった。9人の生贄(クリスチャン、ジョシュ、マーク、イギリス人のコニーとサイモンという外部の5人と、カルトの老人2人と志願者のイングマールとウルフ)が閉じ込められた神殿に火が放たれ、ダニーは笑顔を浮かべる。スウェーデンに来る前から破局は時間の問題だったが、クリスチャンは家族を失い絶望する自分を受け止めてくれないばかりか、(ドラッグを盛られて判断力が鈍っていたとはいえ)カルトの少女とセックスしている光景を目の当たりにし、ダニーはかつての恋人を生贄に差し出し、ラストでは会心の笑顔を浮かべる。究極のさようなら、である。

  • 24.『ヘレディタリー』の系譜

    主人公ダニーの双極性障害の妹テリーが両親を巻き込み無理心中を図るトラウマチックで凄惨な冒頭。「家族の悲劇」という題材は、主人公の祖母の死をきっかけに家族全体が死に突き進む『ヘレディタリー』との大きな共通項である。また、『ミッドサマー』ではクライマックスでダニーが5月の女王に選ばれ、ホルガのみんなに敬られ、祭り上げられるが、これも『ヘレディタリー』のラストで主人公ピーター(に乗り移ったペイモン)にひれ伏すカルト教団のメンバーたちの姿を思い起こす。両作ともトライバリズム(部族主義、部族生活)についての映画だが、『ヘレディタリー』は「家族」というTribe、『ミッドサマー』はカルトというTribeについてを描いているのだ。また、『ヘレディタリー』は家族の機能不全な関係を描いており、『ミッドサマー』はダニーとクリスチャンの機能不全な関係(と破局)を描いた作品である。ちなみに、両作とも裸の人たちが大勢登場する点も見逃せない。

  • 25.ルーン文字

    ホルガにおける石版の文字は「エルダー・フサーク(Elder Futhark)だ(*字幕ではゲルマン共通ルーン)」とペレの親友イングマールはジョシュたちに説明する。これはルーン文字の中で最も古い体系だ。ルーン文字(Runes)は、北ヨーロッパで使用されていたゲルマン語の表記に用いられた文字体系で、最も古い記録は紀元後約150年のものだという。その後、ラテン文字が登場するとそちらが代わりに使われるようになるが、スウェーデンの一部の地方では20世紀初頭までルーン文字が使用されていたという。ルーンの意味は「秘密」や「神秘」。初期のルーン文字は魔術や予言で使われたという。北欧の古詩を集めた歌謡集「ハヴァマール」には、北欧神話の主神オーディンはルーンの呪文を唱えて死者を蘇らせたと記されている。

ここからは、具体的な例を挙げつつ映画に登場するルーン文字を解説してみよう。

  • メイポール

    先端が矢印のようになっているメイポールにも二つのルーン文字が隠されている。左側に見えるルーン文字は「Fehu」。これは「富」「パワー」「カリスマ」を意味する。右側は「Raidho」。「旅」「支配」「成長」「進化」を意味するという。この二つを込めたメイポールは、カルトの儀式とミッドサマー・フェスティバルへの信念、さらなる90年の繁栄への願いを表わしているのかもしれない。

  • 血が付着した石版

    アッテストゥパンの儀式で生贄となる老女が触れる石版。ここには9つのルーン文字が彫られている。まず上部と下部の端の4つの「X」は「Gebo」。「贈り物」を意味する。これは神への贈り物ということだろう。真ん中の横列の左と真ん中に見える「R」は「Raidho」。前述したメイポールに続く登場だが「旅」「進化」「成長」の意味。右側の縦列の真ん中が「Tiwaz」。「名誉」「正義」「自己犠牲」を意味する。一番上の真ん中は「Algiz」。「盾」という意味で、保護の象徴でありルーン文字の中で最も古いものの一つである。最後に一番下の真ん中は「Pertho」。「秘密」や「超自然的な力」を意味している。この9つの文字を一つにしたこの石版は、呪文であり(神との)契約を表しているのだろう。

  • ダニーのシャツ

    メイポールダンスのときにダニーが着用しているシャツには、二つのルーン文字が逆になって刺繍されている。ルーンを逆にすると、よりダークな意味合いを持つのだという。左側のルーン文字は「Raidho」(三度登場)。「成長」や「進化」を意味するが、リバースすることで「不和」「妄想」「死」を意味する。右側は「Dagaz」。純潔を意味し、これは逆にしても同じ意味だという。

  • 生贄部屋の壁

    ラストの生贄たちが集められた神殿の部屋に書かれたルーン文字は、アングル人の王国、ノーサンブリアのルーン文字で「Gar」、つまり「槍」という意味。これは北欧神話の主神オーディンが持つ有名な槍「グングニル」と関係がありそうだ。北欧神話で聖なる木とされるトネリコの木で作られた、この槍の穂先には破壊力を増幅させるルーン文字が刻まれているという。また、この槍は必ず標的に命中し、その後自動的にオーディンの手元に戻ってきたと言われている。オーディンは知識を貪欲に求める神で、ルーン文字の秘密を得るためにユグドラシルの木で首を吊って、グングニルの槍を己の身体に突き刺し、9日9夜、その激痛に耐え抜くというハードコアな肉体的苦行(そう、オーディンは自分の体を生贄にしたのだ)を経た結果、叡智の神になったという。
    (ルーン文字の参考文献:pajiba.com, radiotimes.com, Lokicult.com)

『ミッドサマー』のその後

一人生き残ったダニー。家族を全員失い、恋人もいなくなり天涯孤独の身となった彼女はホルガのコミューンに残り、そのまま暮らすのだろうか?そうなると、ダニーに終始優しく接し、誕生日に似顔絵を送ったり、メイクイーンに選ばれた際は唇に優しくキスをしたペレを伴侶に迎え、一緒に暮らしていくのだろうか? もしくは、我に返って冷静になってからカルトに復讐を図るのだろうか……? 映画のその後の物語を、自分なりに考えてみるのも一興だろう。

隠された謎を踏まえて、ぜひ映画館でもう一度『ミッドサマー』をご鑑賞ください。