1996年、当時教師であったメアリー・ケイ・ルトーノー(MaryKayLetourneau)は家族がいる身でありながら、当時12歳だった少年ヴィリ・フアラアウと不倫し、1997年にふたりの情事が発覚。懲役7年の実刑判決を受けるも、少年との長女を身ごもっており、服役中に出産をした。1999年に、夫と正式離婚、出所後の2005年にヴィリと結婚し、新たな家庭を築く。時は経ち2018年ヴィリが申請したことから、離婚が成立。2020年にメアリーは末期がんで亡くなっている。
なお、ケイト・ブランシェット、ジュディ・デンチによる『あるスキャンダルの覚え書き』は、本事件をモデルに映画化された。
※本作では教師と生徒という関係や、事件そのものは描いておらず、事件後の当事者の心の動きや、事件をどのように見つめるかという点を中心に描いている。
当時36歳の女性グレイシーはアルバイト先で知り合った13歳の少年と情事に及び実刑となった。少年との子供を獄中で出産し、刑期を終えてふたりは結婚。夫婦は周囲に愛され平穏な日々を送っていた。ところが23年後、事件の映画化が決定し、女優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)が、映画のモデルになったグレイシー(ジュリアン・ムーア)とジョー(チャールズ・メルトン)を訪ねる。彼らと行動を共にし、調査する中で見え隠れする、あの時の真相と、現在の秘められた感情。そこにある“歪み”はやがてエリザベスをも変えていく……。
『エデンより彼方に』『キャロル』など、重厚かつセンセーショナルな作品で熱狂的なファンをもつ異才トッド・ヘインズ監督が、ふたりのオスカー女優とタッグを組み、観る者すべてを“抜け出せない万華鏡”に誘う衝撃のドラマを描き出す。
当事者の言葉と表情は、“真実”なのか?
事件の考察は打ち砕かれ、貴方の価値観に亀裂を入れる。
23年前に起きた、成人女性と少年という親子ほど年の離れたふたりの情事は純愛だったのか?事件だったのか?それとも――。
その後のふたりの日々は本当に幸福だったのか?
グレイシーが少年だったジョーを愛した理由は? ジョーが、グレイシーとの暮らしを選択したわけは?
そして女優・エリザベスがリサーチを続ける中で捉えた“メイ・ディセンバー事件”や“グレイシー像”は正しいのだろうか?
劇中で、事件の当事者・グレイシーと、当事者を演じる女優・エリザベスが鏡に向き合うシーンは、ふたりの表情、仕草、口調が微妙に変化していく緊張感みなぎるシーンとなっており、イングマール・ベルイマンの『仮面/ペルソナ』(66)を彷彿させる。
一般的に映画で鏡が使われる際、登場人物の内面を映し出す決定的なシーンに使用される事が多いが、本作の鏡のシーンで、エリザベスは当事者のことを完全に理解し、内面を覗き見る事ができたのだろうか?
ここが大きなターニングポイントとなる。
不穏にも思えるドラマティックな音楽は、サスペンスを盛り上げるような場面だけでなく、一見、平穏な場面にも突然、鳴り響く。劇中ではオリジナルの楽曲だけでなく、仏の名作曲家ミシェル・ルグランが手がけたジョセフ・ロージー監督作『恋』(71)の音楽を一部編曲したものを使用している。
何気ない場面に流れる不穏な音楽が意図するものとは?
グレイシーがかつて起こした事件への伏線を示唆するものなのか、または犯罪者の日常を、過剰に考察してしまう、エリザベスや観客に向けたメッセージなのか?
人間は自分自身のことですら、見えなくなることがある。元少年で、今は当時のグレイシーと同じ、36歳になったジョーは「皆が僕を被害者だという」と不満を言いながらも、一方で別の感情を抱き始める。
あの時の想いと、現在の感情、どちらが真実なのか?
事件の当事者・グレイシーと、当事者役の女優・エリザベス、次第にふたりは近づいていくが、登場人物それぞれの隠れていた想いや感情が漏れ出すように明らかになり、相手に対する期待や思い込みは、ある段階からことごとく砕け散る。
浮彫になるのは当事者・グレイシーの本性か?女優・エリザベスの本心か?
エリザベス役
1981年6月、イスラエル・エルサレム生まれ。2000人の候補者の中から、リュック・ベッソン監督作『レオン』(94)のマチルダ役を射止め華々しいデビューを飾る。その後も順調にキャリアを重ね、『スター・ウォーズ』エピソード1~3(99~05)のヒロイン、パドメ・アミダラ役で世界的俳優の地位を確立する。恋愛群像劇『クローサー』(04)でアカデミー賞®助演女優賞に初ノミネート。その後、肉体的にも精神的にも追い詰められていくバレリーナを熱演した『ブラック・スワン』(10)で同主演女優賞の受賞を果たす。そのほかの代表作に、ジョン・F・ケネディ元大統領の夫人ジャクリーン・ケネディの視点からケネディ大統領暗殺事件を描いた伝記映画『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(16)、カリスマポップスターの壮絶な生き様を描いた『ポップスター』(18)などがある。本作ではプロデューサーにも名を連ね、ゴールデングローブ賞最優秀主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門)にノミネートされている。
グレイシー役
1960年12月、アメリカ・ノース・キャロライナ州生まれ。ボストン大学卒業後、ニューヨークでオフブロードウェイを中心とした舞台やテレビに出演。『フロム・ザ・ダーク・サイド/3つの闇の物語』(90)でスクリーンデビューを果たし、その後も話題作に続々と出演。ポール・トーマス・アンダーソン監督作『ブギーナイツ』でアカデミー賞®助演女優賞に初ノミネートされ、以降数々の賞レースに名を連ねる実力派俳優として活躍を続ける。若年性アルツハイマーを患う主人公を演じた『アリスのままで』(14)では、助演含め5度目のノミネートにして、アカデミー賞®主演女優賞を受賞。トッド・ヘインズ監督とは、ベネチア国際映画祭でヴォルピ杯(最優秀女優賞)に輝いた『エデンより彼方に』(02)をはじめ、『アイム・ノット・ゼア』(07)や『ワンダーストラック』(17)でタッグを組んでおり、本作ではゴールデングローブ賞助演女優賞にノミネートされている。
ジョー役
1991年1月、アメリカ・アラスカ州生まれ。カンザス州立大学に進学するが、演技を追求するために20歳で中退。モデルとしてキャリアをスタートし、2017年にTVシリーズ「リバーデイル」のレジー・マントル役を務め一気に注目を集める。また、映画『サン・イズ・オールソー・ア・スター 引き寄せられる2人』(19)で、ハリウッドのティーン向けロマンス映画で主演を務めた、初の韓国系及びアジア系アメリカ人俳優となる。本作では、ゴールデングローブ賞助演男優賞にノミネートされたほか、ニューヨーク映画批評家協会賞、シカゴ映画批評家協会賞など数々の映画賞で助演男優賞を受賞し高い評価を得る。今後の出演作として、トッド・ソロンズ監督のダークコメディ映画『Love Child(原題)』で、エリザベス・オルセンとの共演を予定している。
監督
1961年1月、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。高校生のときに、初の短編映画『The Suicide』(78)を監督。ブラウン大学を卒業後ニューヨークで創作活動を続け、『ポイズン』(91)で長編映画監督デビューを飾る。ジュリアン・ムーアを主演に迎え、50年代のメロドラマを再現した『エデンより彼方に』(02)でアカデミー賞®、ゴールデングローブ賞の脚本賞などにノミネートされ一躍脚光を浴びる。その後も、6人1役で伝説的アーティスト、ボブ・ディランの半生を描いた『アイム・ノット・ゼア』(07)でベネチア国際映画祭審査員特別賞を受賞。ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラが出演、50年代のニューヨークを舞台に女性同士の恋愛を描いた『キャロル』(15)でアカデミー賞®、ゴールデングローブ賞の多数の部門でノミネートを果たし、監督として世界的評価をより強固なものにしている。
原案・脚本
アメリカ・カリフォルニア州生まれ。映画業界で働く両親の影響で、ニューヨーク大学ティッシュ芸術学校に進学、2009年の卒業後にドラマティックライティングの学士号を取得。キャリアの初期にはキャスティングや俳優のオーディション資料などの作成、また現在の夫であるアレックス・メヒャニクとともに短編映画の脚本や監督を務めていた。2019年に初の長編映画である本作の脚本を完成させ、翌年トッド・ヘインズの目に留まり映画化。第76回カンヌ国際映画祭でプレミア上映されると、唯一無二のセンセーショナルな脚本が高く評価され、インディペンデント・スピリット賞で最優秀新人脚本賞を受賞、アカデミー賞®脚本賞にノミネートされるなど、一躍注目を集める。本作のエグゼクティブプロデューサーも務めている。
コメントComments
※順不同 ※敬称略
登場人物すべての表情の変化ひとつ見逃せなかった。
重苦しい空気、何気ない会話、抑えた感情。
それぞれの積み重ねが少しずつ炙り出す、禁断の真実。
前代未聞の事件ながら、 グレイシーのような人物には誰もが一度は会ったことがあるはずだ。 自分が紡ぐ物語しか許さない「無垢な人」に。
ジェーン・スー(コラムニスト/ラジオパーソナリティー)
世界を震撼させた、実話に基づいた物語。
「年齢差恋愛」が議論になる現代において、非常に重要な作品だ。
一見平和的に見える人々の生活に隠された、異質で恐ろしい秘密。
その「ありふれた異常さ」を消費する我々の顔にも、「真実」を映す鏡は無慈悲に向けられる。
竹田ダニエル(ライター)
映画のために誰かの人生を消費しようとする女。 他人に自分の人生を消費されることを受け入れる女。 どちらを演じるのも、俳優と呼ばれる女たちだ。 これはトッド・ヘインズ流の巧妙なユーモアか、痛烈な皮肉か。 そうして私たちは、誰かの人生を「物語」化することの暴力に気づかされる。
月永理絵(ライター、編集者)
この映画の真の主人公は愛だ。 人間は愛を恐れ愛に憧れ、愛を分析して何とか手懐けようとする。 しかし愛は人間が知るより恐らくずっと、荒ぶるものなのだ。
名越康文(精神科医)
歪な幸福の、観客は誰なのだろう。 そう考える私たちも、この映画の観客なのだ。
合わせ鏡の中に迷い込む戸惑いと興奮。
井上荒野(作家)
無邪気かつ魅惑的でありながら、どこかタガの外れた不安定さの生々しいジュリアン・ムーア。 そんな彼女の魂を読み取り、じわじわと憑依させていくナタリー・ポートマンの佇まい。
大女優たちの怪演に思わず背筋が凍った。
宇垣美里(フリーアナウンサー・俳優)
今年ベストワン級の一作。
優しげな顔をしつつベルイマン顔負けの張りつめた神経戦。
ロージー『恋』の音楽、もとはゴダール『女と男のいる鋪道』のミシェル・ルグランの音階がリフレインするにつれ、緊張も倍増してゆく。
荻野洋一(映画評論家)
愛と倫理、衝動と道徳、欲望と正義、どちらを重視するのが正しいのかは自明で、間違えればきっと自分も相手も、また第三者のことも傷つける。映画はそのことに自覚的だが、それでも倫理や道徳をすべて吹き飛ばしてしまうような関係にどこか憧れる気持ちがあるのも事実なのだ。
鈴木涼美(作家)
個別にしか考えていけないはずの関係性を他者がいともたやすくジャッジしてしまうこの現代社会に対し、重要な問題提起を投げかける1本。
児玉美月(映画文筆家)
グレイシーとエリザベス、ふたりが鏡の前で並ぶシーンがグロテスクであり、同時に非常に美しかった!
宮代大嗣(映画批評)
ハリウッド俳優が求めるリアル(=演技)と一般社会の人々が守るリアル(=生活)。 その二つの「リアル」を隔てる広大なグレーゾーンを、アメリカ南部の濃密な空気と眩しい陽光の下に炙り出していく。 名手トッド・ヘインズ、『キャロル』と並ぶ新たな代表作の誕生だ。
宇野維正(映画ジャーナリスト)
クールな炎であぶり出されるキャラ心理は、まさにトッド・ヘインズの真骨頂!
相馬学(映画ライター)
鏡の前の二人の女が合せ鏡の中の一人となるスリル! ベルイマン、アルトマンを睨む映画はしかし、その後で蛹から這い出す蝶を朝の光に解き放つもうひとり、その悲しみの色をこそ真の主役として浮上させる。 そこに鮮やかに匂い立つ監督ヘインズの本領に見惚れた。
川口敦子(映画評論家)
観る側の価値観をぐらぐら揺さぶる映画。
起承転結では語り得ない、人間の本質のようなものがじわじわと忍び寄る感覚があった。
佐藤ちほ(映画ライター)
2人の名優による素晴らしいアンサンブル、
そして脚本の見事さと奥深さに圧倒されました。
見終わってもずっと考えてしまう、誰かと語り合いたくなる作品…
河村由美(ラジオパーソナリティ)
ジュリアン・ムーアの深淵な演技に引きこまれました。
少女のようにまるく、老女のように鋭い、グレイシーの眼は、時に蛇のようにも見えて!
石村加奈(映画ライター)