「死」や「喪失」が「生」の反対側にあるものではなく、包含されているものであること、そして、それを抱え続けていくことこそが、生きるものの宿命なのだということを突きつけられました。自然の美しさも印象的でした。 小児の心臓移植の現状と課題がリアルに示されているのと同時に、私たち日本人の価値観や死生観が医療の方針に密接に関わることがリアルに表現されていると感じました。敏腕コーディネーターが孤軍奮闘している姿から、医療者の働き方にもスポットが当てられているように見えました。子どもの親や兄弟の葛藤する描写も印象的で、小児医療に身を置くものとして、胸にささるシーンが多かったです。
高井理人(小児歯科医)
消えた命は「幻」か。臓器移植が繋ぐのは確かな生の連鎖。「火を焚くことができれば、それでもう人間」という言葉が示す、技術を超えた命の本質。時間が循環し、異なる死生観が交差する中で、医療の根源的意味を問い直された。
大学病院勤務
臓器移植は「医療」、失踪は「事件・事故」と別々の問題として捉えがちです。でも、どちらも「大切な人が突然いなくなる」「誰かの体や記憶の中で命が続いていく」という点で繋がっている。この2つを並べて描く発想は、働いていた時も考えたことがなく印象的でした。特に今の日本は長寿社会で、普段の生活では「死」がすごく遠いものになっていると感じます。他方で、現場(がんの専門病院に勤めていました)では「生と死は本当に紙一重」でした。映画の中で描かれる命のやり取りを見て、あの頃肌で感じていた感覚を思い出しました。医学的な「延命」や「治療」という枠を超えて、命が形を変えて巡っていく(輪廻のような)感覚が描かれていたこと。屋久島の自然や音楽を通して、頭で考えるのではなく感覚として「命は繋がっているんだ」と腑に落ちる瞬間があり、それがとても印象に残っています。貴重な機会をいただきまして、心よりお礼申し上げます。
ベンゼン(元看護師・ヘルスケア企業勤務)
繋がれていく命を通して、立場ごとにそれぞれ異なる複雑な感情を見事に描いている。答えはないが一人一人の人生の意味や価値を根本から問われている気分になった
田中康代(医療コンサルタント)
親にとって、我が子のたったひとつの命の灯火と向き合わなければならないという試練は、この世の何よりも耐え難い。それはレシピエントであれドナーであれ変わらない。その苛烈な日々を思うと言葉もない。しかし、ただひとつだけ。ドナーになるということ、それはたったひとりの愛する我が子の喪失であるとともに、子どもからの最後の贈り物にもなり得るのだということを、どうか多くの方に知ってほしい。
医師
1,719日。この数字が意味する重さを、私は教壇でデータとして数値を語ることはあっても、その真の痛みまで想像できていたでしょうか。これは日本の子供たちが心臓移植を待つ平均的な日数、つまり約4年9ヶ月です。 小さな子を持つ一人の父親として、幼少期の輝かしい時間のすべてを病室の白い天井の下で過ごすと想像するだけで、胸が締め付けられる思いがします。この冷厳な統計の裏側にある、震えるような家族の息遣いを描き出します。フランスから来た研究者の視点を通じ、日本の移植医療が抱える構造的な課題を浮き彫りにします。そして、物語の核心にあるのは、1000年の時を刻む屋久島の原生林のように圧倒的な命の肯定です。 誰かの終わりが、別の誰かの体の中で鼓動として続いていく。その命のバトンが繋がる瞬間は、理屈や倫理を超えて、私たちの死生観を優しくそして鋭く揺さぶります。これは医療の物語であると同時に、愛する人を失い、それでもなお繋がろうとするすべての人への祈りのような作品です。この映画が灯す一筋の光を、ぜひあなた自身の記憶と重ね合わせて受け取ってください。
小林由幸(薬学部教員)
日々、繋がらなかった想いや命、なぜか忘れられない一言や表情。あっという間に消えてしまう患者。雲のように流れていってしまう風景の中にも、ずっと瞼にこびりついて離れないシーンがあります。医療の現場では、医療者側と患者側に齟齬が起きることなんて日常茶飯事。でも、自分がうまく受け止められなかった思いだけが、自分の中に残っている。最後の場面は僕が受け止められなかった表情の連続で、言葉にできません。
ぶっく(医師)
母親となった今、本作品のテーマである小児臓器移植の内容は深く心に刺さり、観ていて涙が止まりませんでした。親であれば皆、自身の子供には元気に過ごしてほしい、少しでも長く生きてほしいはず。でも、もしそれが他の誰かの命と引き換えであったとしたら?医療現場の現状と日本独特の死生観が緻密に描かれており、小児臓器移植を取り巻く問題について深く考えさせられました。
医療機器メーカー勤務
小児の移植医療を描いても、河瀨監督は安易な救いを映さない。正解のない問いに戸惑う家族と、葛藤を抱えながら伴走する医療者の現在。この映画は、美談に逃げることを許さない。それぞれの立場で命と向き合う、すべての人へ
須田千秋(医師)
上質な映画体験ができた。小児医療についての泣かせる、悲しい話かと思ったが違かった。魅力的だが秘密を抱えていそうな男との恋愛の行方。主人公は、臓器移植について日本の病院でどうにか現状を変えようと取り組むフランス人。現場の医師、看護師、家族の様子がリアル。主人公の気持ちや場面の転換で映される自然や風景の描写が美しく、意味が隠されていそうで印象に残る。
医療機関研究職
私も学生の身分であり実際の現場で働いた経験はありませんが、医療現場の実際や現代の日本の医療の課題や現場の医療職者の思いや葛藤というものを感じました。臓器移植は他人事のように思えてしまいますが、実際は我々の身近なものであると思います。まずはこの映画を見て、日本の臓器移植の実態を知り、自分には何ができるのだろうと考える事が我々の使命のように感じました。
月の蛍(看護・助産学生)
子どもの「生」と交錯する子どもの「死」。どちらもそれで終わりではないけれど、その子どもの親にとっても、子ども自身にとっても、正解はない選択なのかもしれない。劇中の「そこまでして生きたいのか」と言われることがあるという言葉が子どもの臓器移植が日本では進まない一因を顕著に表しているようで辛い。誰も子どもの死を望まないなら、心移植をしたら助かる子どもを救いたいと考えるのはエゴなのか。それを国の文化の違いで片付けてはいけないことも教えてくれた気がします。
sion(助産師・看護師)
海外の人を主役にすることで、日本の医療を客観視するという新しい視点で見ることができました。医療従事者が忘れている(本当はあるけれども、忙しさにかまけてないものでも問題がなくなっている)ものがあり、見終えてタイトルの素晴らしさに気づきました。支援が必要な人に本当の支援が届くように、当たり前の生活がいかに素晴らしいか気付ける国になってほしいなと改めて思いました。 この度は素晴らしい映画を拝見する機会をいただきありがとうございました。
看護師
日本の死生観が、コリーの存在により欧州と対比され明確になったように、小児心臓移植の現場が抱える問題が、映画というかたちでより明示されたように思います。 問題意識を、改善の必要性を感じながらも、当事者には時間や人員の不足により解決のための行動が難しい。当事者ではない立場の人が、問題意識を共有しないと解決に向けて進んでいけないのだと思います。この映画を通して問いを開いてくだり、医療従事者にとって非常にありがたいと感じました。 拍動を再開した心臓に、命の贈りものが繋がったという感動が大きかったです。どうかこの日本で、その感動が広く共有されますように。 映画冒頭の「愛とは個の喪失である」言葉が胸に引っかかりながら視聴したのですが、鑑賞後やや時間を経てから、その言葉が腹落ちしたような不思議な感覚を得ました。 素晴らしい映画を生み出してくださって、ありがとうございました。
大学病院勤務医
臓器移植、まして小児のそれは、希望の前に多くの絶望と悲しみ、葛藤、移植が叶う際の葛藤などを凝集した映画でした。映画はここで終わるけれど、描かれた人々の人生はここからも長く続きます。その続きの道のりも安易に「治ってよかったね」などではなく、葛藤の歴史に思いを馳せながら向き合いたいと思いました。
reviverappapyon
この映画は作りものではありません。 どのシーンもリアリティがあるのです。 友人が、知人が、恩人が、時には私が。 あの中に存在していました。 とにかく共感が止まりませんでした。 迅さんとコリーさんは似た境遇なのに真逆にも思える生き方で、その意味を深く考えさせられました。 迅さんの言葉にハッとさせられる場面があり、時間、記憶、いのちが、形だけでなく、一定方向でもなく、見えなくてもなくならずに存在する感覚を、 自然と自分の人生と照らし合わせて感じることができました。 日本のドクターたちの思いとは裏腹な現実みたいなものも描かれていて、切なくなりました。 悪者は1人もいなかった。 みんながそれぞれ抱えているものに一生懸命なんだと感じました。 たくさんの人に観てほしい。 これは現実で、決して他人事ではないのだと、知ってほしいです。
加藤みゆき(膵腎同時移植者)