197年の歴史を誇る〈ロンドン・ナショナル・ギャラリー〉で起きた、
フランシスコ・デ・ゴヤの名画「ウェリントン公爵」盗難事件。
それは、名もなきタクシー運転手の人生を懸けた大勝負だった―

INTRODUCTION

誰もが虜になるチャーミングな主人公に名優ジム・ブロードベント。そして長年連れ添った妻を演じるのはヘレン・ミレン。イギリスを代表するオスカー俳優の共演による、ユーモアあふれる軽妙な夫婦の会話劇も見どころのひとつ。また、『ダンケルク』の好演が記憶に新しいフィオン・ホワイトヘッドが息子役を演じ、そのフレッシュな魅力も見逃せない。監督は2021年9月、惜しまれながら逝去し、本作が長編遺作となった『ノッティングヒルの恋人』のロジャー・ミッシェル。名画で世界を救おうとした男が、人々に優しく寄り添う姿を描く、爽やかな感動作が誕生した。

STORY

世界中から年間600万人以上が来訪・2300点以上の貴重なコレクションを揃えるロンドン・ナショナル・ギャラリー。1961年、“世界屈指の美の殿堂”から、ゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。この前代未聞の大事件の犯人は、60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン。孤独な高齢者が、TVに社会との繋がりを求めていた時代。彼らの生活を少しでも楽にしようと、盗んだ絵画の身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりしようと企てたのだ。しかし、事件にはもう一つの隠された真相が・・・。当時、イギリス中の人々を感動の渦に巻き込んだケンプトン・バントンの“優しい嘘”とは−!?

PRODUCTION NOTES

ケンプトン・バントン―― 町の英雄
本作の主人公である、ケンプトン・バントンは社会的弱者や傷つきやすい人たちのために立ち上がった。特に彼の心を動かしたのは、貧困によって社会から切り離された高齢者だった。彼はテレビを彼らの孤独を救う解決策と見なし、公共放送であるBBCを無料で受信できるように活動をしていた。実際、ケンプトン・バントンは、BBCテレビの受信許可料の支払いを拒否したため、2度刑務所に入れられている。

監督は次のように説明する。「世間から何度となく非難を浴びているにもかかわらず、ケンプトンは永遠の楽観主義者であり、活動家でした。私たちは、すべての文化において常に権威にかみついたり、納得しろといわれたあらゆることに疑問を投げかける人々を必要としているんです」

「多くの人が苦しんでいるのになぜ1人の人間だけが裕福なのかと、ケンプトンはいつもコミュニティーのことを気にかけていました。」とプロデューサーのベンサムは続ける。「彼は完璧な人間ではなかったけれど、英雄的な側面を持っていた人だと思います。人生を自分のためにではなく、みんなのために社会をよくすることに捧げた人です」

脚本家の1人クライヴ・コールマンも同意し、言葉を続けた。「特に社会が以前よりも分裂し、より憎しみが増しているように見える今こそ、彼は我々の時代の英雄です。ケンプトンの魅力は、社会がお互いの努力で成り立っていると心から信じていたことです。つまり、私はあなたなしでは何もできないし、あなたは私なしでは何もできないという考え方です。それが彼の哲学の柱でした。彼はその考えの“旗”を掲げたという意味で英雄的だったと思います」

“慈善よりも、芸術を高く評価する人間から金をかすめ取る”、脅迫状を送り付けたケンプトン。自ら行動を起こした彼の生き方を通して、声を上げることの大切さと共に、どこまでも弱き者の心に寄り添う優しさに胸を打たずにはいられない。
ドロシー・バントン ―― 一家の“大黒柱”
映画の中心となるケンプトンの傍らには、彼の長年の妻であるドロシー・バントンがいる。彼女は、寝室で執筆活動をしたり、社会運動に出かけたりする夫を尻目に、家族の暮らしを静かに見守っていた。

「ドロシーは多くの問題を抱えているんです。彼女は一家の稼ぎ頭で、中流家庭の床磨きをして、唯一の定期的な収入を家族にもたらしていました」と監督は説明する。「ケンプトンは夢想家、ドロシーは家族をまとめる接着剤です」とプロデューサーのベンサムは続ける。

この映画は、ケンプトンの政治的理想主義が家族に与えた影響を探るだけでなく、全く異なる方法で長女のマリアンの死という悲しみに向き合う2人の姿を描いている点も特筆せずにはいられない。娘の死は、現実のバントン家に暗い影を落としていて、そのことがドロシーを根本的に変えてしまっていたのだ。

この映画では、ケンプトンと彼の奇想天外な行動に焦点が当てられているが、ドロシーが悲しみを受け入れ、折り合いをつけて前に進む過程も描かれている。「ドロシーは娘の墓参りにも行きません。それは彼女がこの出来事によってどれだけ深く傷ついたかを示していると思います。彼女は感情を押し殺しながら娘を失った悲しみを乗り越え、かつての優しい人柄が少しずつ見えてくる。この映画は、ドロシーが冬眠から覚めるまでの過程も描いています」と監督が語るように、夫婦のドラマとしても重層的な広がりを持たせている。

CAST PROFILE

ジム・ブロードベント
(ケンプトン・バントン役)
1949年5月24日、イギリス・リンカンシャー州生まれ。1972年にロンドン音楽演劇アカデミーを卒業し、舞台俳優としてキャリアをスタート。1978年に『ザ・シャウト/さまよえる幻響』で映画デビュー。1991年にマイク・リー監督作『ライフ・イズ・スウィート』で注目を集め、『トプシー・ターヴィー』(99)でヴェネツィア国際映画祭最優秀男優賞を、『アイリス』(01)でアカデミー賞助演男優賞を受賞。その後も『ムーラン・ルージュ』(01)や『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズをはじめとした数々の映画やテレビドラマに出演、長きにわたってイギリスを代表する俳優のひとりとして活躍。近年の主な作品に『ハリー・ポッター』シリーズや、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(11)、『パディントン』シリーズなどがある。
ヘレン・ミレン
(ドロシー・バントン役)
1945年7月26日、イギリス・ロンドン生まれ。ナショナル・ユース・シアターで舞台女優としてキャリアをスタート、その後ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに所属し多くの作品で主演を務める。1969年にマイケル・パウエル監督の『としごろ』で映画デビューを果たす。『長く熱い週末』(80)で注目を集め、『キャル』(84)、『英国万歳!』(94)で2度カンヌ国際映画祭の女優賞に輝く。また、91~06年に渡って放送されたテレビシリーズ「第一容疑者」のジェーン・テニスン役でも知られ、英国アカデミー賞主演女優賞に輝くなど高い評価を得た。エリザベス2世を演じた『クィーン』(06)では、アカデミー賞やゴールデングローブ賞はじめ数々の賞で主演女優賞を受賞。近年も『黄金のアデーレ 名画の帰還』(15)や『ワイルド・スピード』シリーズなどジャンルを問わず幅広い作品に出演している。03年に大英帝国勲章を受勲し、デイムの称号を授与された。
フィオン・ホワイトヘッド
(ジャッキー・バントン役)
1997年7月18日、イギリス・ロンドン生まれ。13歳のときに地元のオレンジ・ツリー・シアターに参加、その後ナショナル・ユース・シアターなどで演技を学ぶ。2016年に出演したテレビシリーズ「HIM(原題)」の撮影中にオーディションを受けた、クリストファー・ノーラン監督作『ダンケルク』(17)で見事主演のひとりに抜擢され、華々しい映画デビューを飾る。その後も、『The Children Act(原題)』(17)でエマ・トンプソン、スタンリー・トゥッチと共演。さらに、エミー賞を受賞したNetflixオリジナル映画『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』(18)で主演を務めるなど話題作に出演し活躍を続けている。 ※FionnWhiteheadのカナ表記について、キャストクレジットではこれまでの出演作品に倣い「フィオン・ホワイトヘッド」と記載しておりますが、正しい発音は「フィン・ホワイトヘッド」となります。
アンナ・マックスウェル・マーティン
(グロウリング夫人役)
1977年5月10日、イギリス・イースト・ライディング・オブ・ヨークシャー生まれ。ロンドン音楽演劇アカデミーで演技を学び、舞台女優としてキャリアをスタートさせる。本作の監督であり後に結婚するロジャー・ミッシェルの『Jの悲劇』(04)で映画デビュー。2005年のテレビドラマ「荒涼館」で主役を演じ、英国アカデミー賞テレビ部門の主演女優賞を受賞するなど高い評価を得る。その後も数々のテレビドラマ、映画で活躍。主な代表作に、『ジェイン・オースティン 秘められた恋』(07)、『あなたを抱きしめる日まで』(13)、『どん底作家の人生に幸あれ!』(19)などがある。
マシュー・グード
(ジェレミー・ハッチンソン役)
1978年4月3日、イギリス・デボン州生まれ。バーミンガム大学とウェバー・ダグラス演劇芸術アカデミーで演技を学び、2003年にスペイン映画『Al sur de Granada(原題)』で映画デビューにして初主演を務める。その後、ウディ・アレン監督・脚本による『マッチポイント』(05)や『ウォッチメン』『シングルマン』(ともに09)、アカデミー賞脚色賞を受賞した『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』(15)など数々の話題作に出演。テレビドラマ「グッド・ワイフ 彼女の評決」や「ダウントン・アビー」シリーズ(ともに14~15)でも人気を博し、「ザ・クラウン」(16~)では、エミー賞ドラマシリーズ部門ゲスト男優賞にノミネートされた。近年の主な作品には、映画版『ダウントン・アビー』(19)、『キングスマン:ファースト・エージェント』(21)などがある。

STAFF PROFILE

監督:ロジャー・ミッシェル
1956年6月5日、イギリス外交官の息子として南アフリカで生まれる。『ジェイン・オースティンの説得』(95/日本未公開)で長編映画デビュー。その後、ゴールデングローブ賞の最優秀作品賞にノミネートされたジュリア・ロバーツとヒュー・グラント共演の『ノッティングヒルの恋人』(99)で、一躍世界的脚光を浴びる。主な監督作に、『Jの悲劇』(04)、『恋とニュースのつくり方』(10)、『私が愛した大統領』(12)、『ウィークエンドはパリで』(13)、『ブラックバード 家族が家族であるうちに』(21)などがある。今後の公開作として、エリザベス2世の素顔に迫ったドキュメンタリー『Elizabeth』(22)が控えていたが、21年9月22日に65歳の若さでこの世を去る。本作が最後の長編映画作品となった。
脚本:リチャード・ビーン
1956年、イギリス・キングストン・アポン・ハル生まれ。パン工場で働いたのち大学で心理学を学び、心理学者やスタンダップ・コメディアンとして活躍する。2011年に手掛けた舞台「The Heretic」と「One Man, Two Guvnors」の2作品で、作家として初めてイブニング・スタンダード賞最優秀作品賞を受賞した。「One Man, Two Guvnors」はそのほかにも、2011年批評家協会賞の最優秀作品賞や2012年の最優秀新作ブロードウェイ・プレイとしてアウター・クリティクス・サークル賞を受賞するなど高い評価を得た。
脚本:クライヴ・コールマン
1961年生まれ。法廷弁護士からジャーナリストに転身、2010年から2020年までBBCニュースの法務記者を務める。ロンドン・タイムズ紙やガーディアン紙、インディペンデント紙などへ寄稿も行う一方、舞台、映画、シットコムの作家としても活躍。1998年にBBCが優れたコメディ作家を称えるため新設したフランク・ミューア賞を、トニー・ロッシュとともに初受賞。本作で共同脚本を手掛けたリチャード・ビーンと共作した、若き日のカール・マルクスを描いたコメディ「ヤング・マルクス」は2017年にロンドンの新しくなったブリッジ・シアターにて公開された。