イントロダクション

日本が誇る伝統工芸 津軽塗 
通称“バカ塗り”
海外では「japan」と呼ばれることもある“漆”。 漆は時代を問わず、工芸品、仏像、社寺建築、芸術品など日本の歴史と文化を象徴するものに使用され、世界中の人々を魅了する。近年は、再生可能な植物由来の原として注目を集めている。耐久性があり、たとえ壊れてしまっても修理してまた使うことができる漆器は、昔から日本人にとって大切な日用品として私たちの暮らしに寄り添ってきた。
本作はその中でも、青森の伝統工芸・津軽塗をテーマに描かれる物語。タイトルにある“バカ塗り”は、津軽塗のことを指す言葉で、完成までに四十八工程あり、バカに塗って、バカに手間暇かけて、バカに丈夫と言われるほど、“塗っては研ぐ”を繰り返す。漆が丁寧に塗り重ねられるように、本作も津軽塗の完成までの工程をひとつひとつ丁寧に映し出す。またその魅力だけでなく、日本の伝統工芸が抱える社会的背景にも真摯に向き合う様は、“ものづくり”に対する敬意を感じさせる。
津軽塗が繋ぐ父娘の絆 
そして家族の物語
津軽塗職人を目指す引っ込み思案の娘・美也子と寡黙な職人の父・清史郎。家族より仕事を優先し続けた清史郎に愛想を尽かして家を出た母、家業を継がず美容師として自由に生きる兄…。津軽塗によってバラバラになってしまった家族が、美也子のある大きな挑戦によって再び向き合う姿を、四季折々の風景や土地に根付く食材と料理、そこに生きる人々の魅力を織り交ぜ描く。つらい時、楽しい時を塗り重ねるように日々を生きる父娘が、津軽塗を通して家族の絆を繋いでいく。
堀田真由×小林薫
×
監督 鶴岡慧子(『まく子』)
素朴で不器用な23歳の美也子を演じるのは、堀田真由。NHK連続テレビ小説「わろてんか」(17)で注目を集め、次々に話題作に出演してきた彼女が、家族への悩み、将来への不安、淡い恋心…どこにでもいる等身大の女性をたおやかに演じる。津軽塗職人の父・清史郎には、日本映画界には欠かせない俳優、小林薫。二人は実際に地元の職人から津軽塗の技法を教わり撮影に挑んだ。そのほかに、美也子の兄に坂東龍汰、美也子が淡い想いを寄せる花屋の青年に宮田俊哉と注目の俳優が名を連ねる。
その他に、坂本長利、片岡礼子、酒向芳、松金よね子、篠井英介などベテラン俳優に加え、青森県弘前市で全編撮影された本作は、木野花、鈴木正幸、ジョナゴールド、王林といった青森県出身キャストも集結した。監督は、初長編作『くじらのまち』でベルリン国際映画祭、釜山国際映画祭などで高い評価を得たのち、西加奈子の小説『まく子』の映画化も手掛けた鶴岡慧子。

ストーリー

「私、漆続ける」
その挑戦が家族と向き合うことを教えてくれた――
青森県弘前市。津軽塗職人の青木清史郎(小林薫)と父の仕事を手伝う娘・美也子(堀田真由)が、年季の入った工房で作業をしている。工房からは漆が何度も塗られ、研がれ、その音だけが響いている。美也子は、高校卒業後、特にやりたいことが見つからず、家計を助けるために近所のスーパーで漫然と働きながら家業を手伝っていた。

幼い頃から人とコミュニケーションを取るのが苦手で、恋人や仲のいい友人もおらず、家とスーパーを往復する毎日。唯一心を開ける存在は隣に住む吉田のばっちゃ(木野花)だ。父・清史郎は、文部科学大臣賞を獲ったこともある津軽塗の名匠だった祖父から津軽塗を継いだが、今は注文も減ってしまい、さんざん苦労しているようだ。そんな青木家は、工房の隣に建つ自宅で父娘の二人暮らし。家族より仕事を優先し続けた清史郎に愛想を尽かして、数年前に家を出ていった母(片岡礼子)。父と祖父の「津軽塗を継いでほしい」という期待を裏切り家業を継がないと決め、美容師となった兄・ユウ(坂東龍汰)。気づけば家族はバラバラになっていた。

幼い頃から漆に親しんできて、津軽塗の仕事が好きだが、堂々とその道に進みたい、と公言できずにいた美也子だったが、ある日、父に久しぶりの大量注文が入り、嬉々として父の手伝いをすることに。そして、花屋で働く青年・鈴木尚人(宮田俊哉)との出会いをきっかけに、漆を使ってある挑戦をしようと心に決める。しかし、清史郎は津軽塗をやっていくことは簡単じゃないと美也子を不器用に突き放す。それでも周囲の反対を押し切る美也子。その挑戦が、バラバラになった家族の気持ちを動かしていく――

キャスト

プロフィール&コメント »
堀田真由 /青木美也子 役
プロフィール&コメント »
 
小林薫 /青木清史郎 役
プロフィール&コメント »
 
坂東龍汰 /青木ユウ 役
プロフィール&コメント »
 
宮田俊哉 /鈴木尚人 役
プロフィール »
 
木野花 /吉田のばっちゃ 役
プロフィール »
 
坂本長利 /青木清治 役
堀田真由/青木美也子 役
1998年生まれ、滋賀県出身。
2015年WOWOW「テミスの求刑」でデビュー。その後、2016年NHK連続テレビ小説「わろてんか」で注目を集め、ドラマ「3年A組 ―今から皆さんは、人質です―」(19/NTV)、映画『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~』(21/河合勇人監督)シリーズなどの人気作品に多数出演。2022年には「鎌倉殿の13人」比奈役でNHK大河ドラマ初出演を果たした。2023年以降もドラマ10「大奥」(NHK)で3代将軍・徳川家光や、フジテレビ月9「風間公親-教場0-」など話題作への出演が続く。
〔コメント〕
青木美也子役を演じさせていただきました。
初めて感じる気温や、湿度、匂いを全身で感じながら青森県弘前市で撮影させていただきました。
実際に職人さんに漆の使い方を伝授していただいたり、津軽弁を話したりと新たな挑戦にドキドキしながらもゆったりと流れる時間に身を委ねながら取り組む日々は、贅沢で忘れられないものとなりました。
最新な物が次から次へと産まれ機械化・自動化が主流になってきた今改めて、日本の美しい伝統工芸に触れ何を感じ受け取るか、そして伝授していくことの厳しさとどう向き合っていくのか津軽塗りを通して繋がる家族の物語から何か感じ取っていただけると幸いです。
小林薫/青木清史郎 役
1951年生まれ、京都府出身。
唐十郎主宰の「状況劇団」を経て、77年に『はなれ瞽女おりん』(篠田正浩監督)で映画デビュー。代表作は、映画では『それから』(88/森田芳光監督)、『秘密』(99/滝田洋二郎監督)、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(07/松岡錠司監督)など。テレビドラマでは「ナニワ金融道」シリーズ、「Dr.コトー診療所」シリーズ(いずれもフジテレビ系)ほか多数。主演を務めた「深夜食堂」(TBS系)シリーズは15年・16年に劇場版も公開。近年の映画出演作には『Dr.コトー診療所』(22/中江功監督)、『とべない風船』(23/宮川博至監督)、『仕掛人・藤枝梅安一、二』(23/河毛俊作監督)がある。公開待機作品に、『首』(23/北野武監督)がある。
〔コメント〕
津軽弁が難しかった
何度やっても出来ない発音なんかがあって、現場でも何十回とチェックをうけて苦労しました
それが、映画を観たらセリフの量がそうでもない、こっちは七転八倒しながら、セリフと格闘したから、大量だと思い込んでいたンですね
映画はラスト近くで、ギクシャクしていた親子関係が、お互いの存在を身近に感じて、優しい気分になっていくシーンがあります
ボク自身はそのシーンで何だか幸せな気持ちになりました
人は、争いより仲良くなっていく人をみると幸せな気分になるンだと
坂東龍汰/青木ユウ 役
1997年5月24日生まれ、北海道出身。
2017年、俳優デビュー。18年、ドラマ「花へんろ 特別編 春子の人形」に初主演し、注目を集める。主な出演作に映画『十二人の死にたい子どもたち』(19/堤幸彦監督)、『閉鎖病棟─それぞれの朝─』(19/平山秀幸監督)、『犬鳴村』(20/清水崇監督)、『弱虫ペダル』(20/三木康一郎監督)、『スパイの妻』(20/黒沢清監督)、『冬薔薇』(22/阪本順治監督)、『峠 最後のサムライ』(22/小泉堯史監督)がある。現在、4月期TBS火曜ドラマ「王様に捧ぐ薬指」に出演中。映画『フタリノセカイ』(22/飯塚花笑監督)では第32回日本映画批評家大賞の「新人男優賞(南俊子賞)」を受賞。公開 待機作に、『春に散る』(瀬々敬久監督)がある。
〔コメント〕
鶴岡監督の映画がとても好きなので今回お話をいただいた時は素直にとても嬉しく楽しみでした。
キャストの皆様とも以前に共演させていただいた方ばかりだったのでこの皆さんと家族になるんだと思うと安心感がありました笑 ロケ地である弘前市はとても美しい場所で毎日綺麗な空気を吸いながら土地に宿った力に身を任せ演じられました。津軽塗りの美しい職人技、静けさの中に響く音や画面いっぱいに広がる鮮やかな色は見ていて聞いていて一瞬で引き込まれうっとりしてしまいました。 家族のことを思い出して温かい気持ちになれる映画になっていると思います。
是非楽しみに公開を待っていていただけると嬉しいです。
宮田俊哉/鈴木尚人 役
1988年9月14日生まれ、神奈川県出身。
2011年にKis-My-Ft2のメンバーとしてCDデビュー。12年に、ドラマ「私立バカレア高校」(NTV)、映画『劇場版 私立バカレア高校』(窪田崇監督)でドラマ・映画ともに初出演を果たす。その後も、アーティストとして活動する傍ら、俳優、声優、情報番組やバラエティ番組にレギュラー出演するなどマルチに活躍。主な出演作に、ドラマ「華麗なる一族」(21/WOWOW)、「ドクターホワイト」(22/KTV)、アニメ「デリシャスパーティ♡プリキュア」※(22/EX)、映画『劇場版 BEM 〜BECOME HUMAN〜』※(20/博史池畠監督)などがある。(※は声優)
〔コメント〕
映画に出演する機会がこれまであまり無く、この作品のお話を聞いた時は嬉しかったです。
青森の漆という文化を深く知るきっかけになり自分にとって凄く学びになりました。
映画を拝見させて頂き、この作品の時間は緩やかに流れていて普段忙しなく生きている僕にとってはとても緩やかな良い時間を過ごすことが出来ました。
そして何より優しい気持ちになれる作品だと思いました。
主人公の美也子が淡い想いを寄せる花屋という役だったのですが、初めての挑戦が沢山あってやり甲斐を凄く感じ、とても幸せでした。
堀田さんや小林さんは本当に大変な撮影だったと思いますが、空き時間に色々なお話をしてくださって楽しかったです。 楽屋では坂東さんがムードメーカーで凄く明るくて和やかな空気感を作ってくれました。
木野花/吉田のばっちゃ 役
1948年1月8日うまれ、青森県出身。
1974年に劇団「青い鳥」を旗揚げ。86年に退団。 現在は、女優・演出家として活躍中。『愛しのアイリーン』(18/𠮷田恵輔監督)での演技を高く評価され、第92 回キネマ旬報助演女優賞を受賞。近年の主な映画出演作に『閉鎖病棟-それぞれの朝-』(19/平山秀幸監督)、『ユンヒへ』(19/イム・デヒョン監督)、『MOTHER マザー』(20/大森立嗣監督)、『砕け散るところを見せてあげる』(21/SABU監督)、『そして、バトンは渡された』(21/前田哲監督)、『劇場版 おいしい給食 卒業』(22/綾部真弥監督)、『凪の島』(22/長澤雅彦監督)、『ヴィレッジ』(23/藤井道人監督)、『波紋』(23/萩上直子監督)などがある。
坂本長利/青木清治 役
1929年生まれ、島根県出身。
1951年、「ぶどうの会」に入団。演劇集団「変身」を経て小劇場運動の先駆けとして活動。舞台演劇のみならず、映画・テレビ・ラジオなどにも多数出演。代表作である独演劇「土佐源氏」は、67年の初演以来、半世紀にわたって国内外で絶賛され、85年に紀伊国屋演劇賞特別賞、00年に旅の文化賞、20年にテアトロ演劇功労賞を受賞。18年、88歳で上演1200回を突破、93歳の今も舞台に立ち続けている。近年の主な映画出演作に『ハーメルン』(13/坪川拓史監督)、『赤い雪 Red Snow』(19/甲斐さやか監督)、『モルエラニの霧の中』(21/坪川拓史監督)、『Dr.コトー診療所』(22/中江功監督)などがある。

スタッフ

監督・脚本:鶴岡慧子
プロフィール »
脚本:小嶋健作
プロフィール »
原作:髙森美由紀
「ジャパン・ディグニティ」
(産業編集センター刊)
プロフィール »
撮影:髙橋航
プロフィール »
照明:秋山恵二郎
プロフィール »
録音:髙田伸也
プロフィール »
美術:春日日向子
プロフィール »
監督・脚本:鶴岡慧子
立教大学現代心理学部映像身体学科卒業。大学では万田邦敏監督に師事する。
卒業制作の初長編映画「くじらのまち」が第34回「PFF(ぴあフィルムフェスティバル)アワード2012」グランプリとジェムストーン賞(日活賞)をW受賞。大学卒業後は東京芸術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域に進み、黒沢清監督に師事する。1年目に撮った「はつ恋」が「第32回バンクーバー国際映画祭」でタイガー&ドラゴン賞にノミネートされ、2014年に第23回PFFスカラシップ作品「過ぐる日のやまねこ」で劇場デビュー。同作品は、「第15回マラケシュ国際映画祭」にノミネートされ審査員賞を受賞した。2019年、映画「まく子」が話題となり、若手注目の監督である。
〔コメント〕
バ カ塗りの「バカ」とは、ひたむきさを表す「バカ」です。津軽塗と出会い、ものづくりに対する慎ましくも純度の高い情熱に触れ、私もこんなふうに映画をつくりたいと思いました。
1カット1カット丁寧に、漆を塗り重ねるように撮る。色鮮やかな模様を研ぎ出すように、登場人物たちの個性で画面を満たす。堀田さん、小林さんはじめ、素晴らしい俳優さんたちとご一緒することができました。
そして、弘前の皆さん、津軽塗の職人さんたちに、本当の意味で支えていただきました。みんなでつくったこのひたむきな作品を、たくさんの方に楽しんでいただけたら幸いですし、津軽塗の魅力を知っていただけたら嬉しいです。
脚本:小嶋健作
1980 年生まれ。60 期シナリオ講座にて真辺克彦、木田紀生に師事。2014 年、TV ドラマシリーズ「深夜食堂3」(TBS)でデビュー。主な作品に『映画 深夜食堂』(15/松岡錠司監督)、『続・深夜食堂』(16/松岡錠司監督)、『破門 ふたりのヤクビョーガミ』(17/小林聖太郎監督)、『1001 のバイオリン (ブルーハーツが聴こえる)』(17/李相日監督)、アニメ「メガロボクス」(18/森山洋監督)、『OFFICE AUGUSTA presents SHORT FILM「ボクと君」』(20/金井紘監督)などがある。
原作:髙森美由紀
「ジャパン・ディグニティ」
(産業編集センター刊)
青森県出身。地元で勤務しながら創作活動を続ける。2014年『ジャパン・ディグニティ』で第1回暮らしの小説大賞受賞。2023年『バカ塗りの娘』として映画化。主な作品に『おひさまジャム果風堂』『お手がみください』『みさと町立図書館分館』『みとりし』『ペットシッターちいさなあしあと』『羊毛フェルトの比重』(すべて産業編集センター)、『藍色ちくちく 魔女の菱刺し工房』(中央公論新社)などがある。
撮影:髙橋航
主な作品に『はつ恋』(13/鶴岡慧子監督)、『恋につきもの』(14/一見正隆監督)、『息を殺して』(14/五十嵐耕平監督)、『泳ぎすぎた夜』(17/五十嵐耕平監督、ダミアン・マニヴェル監督)、『東京2020オリンピック SIDE:A/SIDE:B』柔道パート撮影監督(22/河瀬直美監督)などがある。
照明:秋山恵二郎
東京都出身。主な映画作品に、『セトウツミ』(16/大森立嗣監督)、『きみの鳥はうたえる』(18/三宅唱監督)、『ハードコア』(18/山下敦弘監督)、『小さな恋の歌』(19/橋本光二郎監督)、『さよならくちびる』(19/塩田明彦監督)、『佐々木イン、マイ、マイン』(20/内山拓也監督)、『くれなずめ』(21/松居大悟監督)、『花束みたいな恋をした』(21/土井裕泰監督)、『マイ・ブロークン・マリコ』(22/タナダユキ監督)、『窓辺にて』(22/今泉力哉監督)、『#マンホール』(23/熊切和嘉監督)などがある。
録音:髙田伸也
1981年生まれ、千葉県出身。主な作品に『ディストラクション・ベイビーズ』(16/真利子哲也監督)、『MOTHERマザー』(20/大森立嗣監督)、『子供はわかってあげない』(21/沖田修一監督)、『あのこは貴族』(21/岨手由貴子監督)、『とんび』(22/瀬々敬久監督)、『グッバイ・クルエル・ワールド』(22/大森立嗣監督)、『ラーゲリより愛を込めて』(22/瀬々敬久監督)、『春に散る』(23/瀬々敬久監督)などがある。鶴岡慧子監督作は『まく子』(19)に続き2度目の参加。
美術:春日日向子
1988年生まれ、京都府出身。東京藝術大学大学院映画専攻にて美術監督の磯見俊裕に師事。『友達』(13/遠藤幹大監督)、『水上のフライト』(20/兼重淳監督) 、『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(21/堀江貴大監督)、『ひらいて』(21/首藤凛監督)、『零落』(23/竹中直人監督)で美術を手掛ける。『湯を沸かすほどの熱い愛』(16/中野量太監督)、『8年越しの花嫁』(17/瀬々敬久監督)、『すばらしき世界』(21/西川美和監督)では小道具を担当。

プロダクションノート

企画の成り立ちについて
始まりは「個人的に、ものを作る工程を見るのがすごく好きで、材料から始まって、1からものが出来ていく過程が好きなんです」と語る盛夏子プロデューサーの“ものづくり”に対するリスペクトからだった。本作の原作となる『ジャパン・ディグニティ』(産業編集センター刊)を読み、“ものづくり”が描ける映画になると確信し、企画がスタートした。市井の人々のさりげない暮らしぶりを描いた『ジャパン・ディグニティ』は、青森県の四季折々の風景やその土地に根付く食材と料理を織り交ぜながら描かれ、第1回暮らしの小説大賞を受賞した小説だ。本作の映画化にあたり監督に抜擢されたのは、西加奈子の小説『まく子』の映画化も手掛けた鶴岡慧子。盛プロデューサーと鶴岡監督が、実際に弘前へ行き職人たちと会い、この企画の活路が開かれた。「実際にお仕事を拝見すると、小説で読むのと実際見るのとでは大違い。塗っては研ぎ、塗っては研ぎ、を繰り返した結果、何年も使える強く美しい製品が出来上がり、壊れたら修理してまた使えるという、力強さと説得力。これは映画にして伝える意味があると感じたのを覚えています。」(盛プロデューサー)
脚本の執筆に欠かせなかった、津軽塗のリサーチ
本作が津軽塗りに出会うきっかけだったという鶴岡監督。2018年にプロットを書き始め、まずは物語パートを書き進めたが、肝心の津軽塗の描写はぼんやりしていた。津軽塗を本格的に勉強し始めたのは、弘前に脚本の小嶋健作と共に初めて訪れた2020年の2月、津軽塗職人と実際に会って話を伺い、勧められた津軽塗の本をバイブルのように読んだという鶴岡監督。「津軽塗の本には、乾かすのには何時間とか、それぞれの工程が表になって説明されているのですが、漆塗りは天気や気温、湿度にすごく左右されるので、絶対にその表通りにはいかないんです。自分の経験と感覚を頼りに、実際に漆の状態を見て、次の工程に進めるか、もう少し漆風呂に入れておいた方がいいかなどを職人さんは見極めているそうです。」(鶴岡監督)
津軽塗の描写に関して、職人と密に擦り合わせて修正していき、2年半という歳月をかけてついに脚本を完成させた。
キャスティングについて
主人公・美也子は自分に自信が持てない内気な性格だが、実は内に秘めた情熱も持っている女性。美也子を演じてもらうのに、堀田以外考えられなかった。堀田と初めて会った鶴岡監督も、彼女の芝居に対するまっすぐなやる気に感嘆したという。「美也子は、ブランドものの洋服を見たことすらない人間です。結果的に、私が考える美也子のキャラクターと、堀田さんが元々持ってらっしゃる芯の華やかさと素朴さがうまくコラボしたような役になったのではと思います。」(鶴岡監督)] 父・清史郎のキャスティングについては、職人としての経験が、そこにいるだけで証明できるような説得力が欲しく、適任者として小林薫の名があがった。経験も実力も兼ね備えた小林は、かなり早い段階から津軽弁の方言の習得に努めた。兄・ユウは家業を継がないと決め、自ら進むべき道を選択して力強く生きるキャラクターで、説得力が必要な役どころ。髪を明るく染めた坂東を見て、「あ、ユウちゃんだ」とみんな納得のキャスティングとなった。尚人役の宮田に関しては、家でテレビを全く見ないという鶴岡監督にとって、普段の宮田を知らないからこそ、どういう芝居をするか予想がつかないため、それが逆にワクワクさせられ面白かったという。
ロケ地 弘前について
青森県を舞台に津軽塗を題材にした作品ということで、全編青森県弘前市で撮影することとなった。本作のメインのロケ地となる「青木家」は弘前市のとある民家を借り、母屋の1階を青木家の居間・仏間・台所として、同じ敷地内にある離れを、清史郎の工房の外観として使用した。清史郎の漆工房には、津軽塗職人・松山継道さんが長年作業をされていた松山漆工房を、そのまま借りる形となった。「漆塗りの道具や漆を乾燥させる漆風呂はもちろん、床や壁、天井に至るまで、漆と時間の沁み込んだ様子は、まるでひとつの作品のような、圧倒的な存在感がありました。この映画の第二の主役です。」(盛プロデューサー)
1カット1カットこだわりの津軽塗制作シーン
津軽塗指導にあたってくれた津軽塗職人である松山昇司さんと山岡奈津江さんの指導のもと、美也子役の堀田と清史郎役の小林は実際に津軽塗に挑戦した。堀田は「こんなにもひとつものができあがるまでに時間がかかるということを知り、長い時間をかけて、何度も色を塗り重ねたり、そぎ落としたり、自分の人生のようにも例えられるなと思いました」と撮影を振り返る。この津軽塗の制作シーンは特別にこだわったという鶴岡監督。「津軽塗の制作シーンを省略しすぎてしまうと、津軽塗がものすごい数の工程を踏んで作られているものだということが伝わらなくなってしまうので気をつけました。ひとつひとつの工程をしつこく見せるぞ!という思いで撮りました。本物を作っている動きだったり、音だったりを感じてもらいたいという狙いで、かなり長尺を割いています。」(鶴岡監督)
タイトル『バカ塗り』に込めた想い
タイトルの考え方は色々あるが、サラッと流れてしまわないことが重要だった。「タイトルからして『何だろう?』と思ってもらうところから始めたいなと思い『バカ塗り』という強いワードを使用することにしました。『バカ丁寧』『バカ正直』のバカです。」(盛プロデューサー)
鶴岡監督が「バカ塗りの『バカ』とは、ひたむきさを表すバカです」と語るように、本作では“ものづくり”に対して誠実に情熱を傾ける人々の姿が描かれる。それは、津軽塗が色鮮やかな模様を研ぎ出すように、人々の魅力も鮮やかに映し出される。
津軽塗が繋ぐメッセージ
伝統工芸品はどれもそうかも知れないが、特に津軽塗製品の値段が高いのにはちゃんと理由がある。「それを言葉で説明するよりも、映画を観て『なるほど、これは価値があるものなのね』と感じて欲しいんです。それは本作の津軽塗だけではなくて、日本の全国のそういう伝統工芸に対しても『そうなのかもしれないな』と思いを馳せてくださったらいいなと思います。」(盛プロデューサー)
そしてこの作品を監督した鶴岡監督もまた、改めて“ものづくり”に対する、そして津軽塗に対する想いをこう綴る。「津軽塗と出会い、ものづくりに対する慎ましくも純度の高い情熱に触れ、私もこんなふうに映画をつくりたいと思いました。1カット1カット丁寧に、漆を塗り重ねるように撮る。色鮮やかな模様を研ぎ出すように、登場人物たちの個性で画面を満たす。みんなでつくったこのひたむきな作品を、たくさんの方に楽しんでいただけたら幸いですし、津軽塗の魅力を知っていただけたら嬉しいです。」(鶴岡監督)

解 説

伝統工芸津軽塗について

青森県漆器協同組合連合会 会長 
石岡 健一
津軽塗の歴史は江戸時代中期、弘前藩第四代藩主津軽信政公(1646~1710年)の治世に遡り、この時代に各藩の商工業も徐々に発展していきます。信政公も津軽の産業を育成するために、全国から多くの職人や技術者を弘前に招き、弘前城内の一角に、塗師の作業場を設けていたとされています。その塗師の中にいた若狭国(現在の福井県)の塗師、池田源兵衛が研ぎ出し技術を持ちこみ、さらにその息子が受け継ぎ津軽塗の基礎を作ったとされております。

津軽塗とは、青森県津軽地方で生産される伝統漆器の総称とされており、青森県で唯一の国指定伝統工芸品であります。1873年にウィーン万国博覧会に漆器を展示する際に、産地を明らかにするために「津軽塗」と名付けたとされております。また津軽地方における漆器産業としては江戸時代に遡り、唐塗、ななこ塗、紋紗塗、錦塗の4つの技法が現代に受け継がれ、その技術は「研ぎ出し変わり塗」と呼ばれております。研ぎ出し変わり塗とは幾重にも塗り重ねた漆を平らに研ぎ出して模様を表す技術です。塗っては研ぐことを繰り返して作られる技法は48工程にも及び、2ヶ月以上の日数を費やして生まれてきます。そのため非常に耐久性があり、多彩な色柄が特徴の津軽塗は「堅牢・優美」と評されております。

唐塗
津軽塗の代表格であり、現在最も多く生産されている技法です。
唐塗独特の複雑な斑点模様は、何度も塗っては乾かし、そして研ぐという作業を繰り返し、全部で48の工程から生み出されるものです。 この唐塗という名は、もともと中国からの輸入品を唐塗と呼んでいたことに由来しています。優れたもの、珍しいものという意味で、当時の風潮を反映して唐塗と命名したものとされています。
七々子塗ななこぬり
七々子塗は研ぎ出し変わり塗技法の一種で、その特徴は模様をつけるために菜の花の種を、漆を塗った上に蒔き、その模様を利用して江戸小紋柄風の輪紋を浮かび上がらせる技法です。魚の卵を連想させる模様から、「魚子」「菜々子」「七子」なども文字が使われます。
紋紗塗
紋紗塗は黒漆の模様に紗(米のもみ殻を炭にしたもの)を蒔き、研ぎ出して磨き仕上げしたものを紋紗塗と呼びます。家紋や古代文様を使い、多用性のある技法です。研ぎ出し技法の中でも最も独特なもので、津軽塗ならではの塗りであります。
錦塗
錦塗は七々子塗の変化の一種で、七々子塗に黒漆で桜をデザインした唐草模様やひし形、稲妻型の模様を描き、錫粉を蒔いて錦を表現させる華やかな技法です。
製作には非常に手間と時間がかかり、さらに高度な技術を要します。そのため錦塗を塗り上げられる職人はわずかしかいないとされており、製品も少なく価値が高いものとなっております。華やかな金や銀の蒔絵に憧れた庶民の想いが結集した豪華な塗り技法です。
映画「バカ塗りの娘」では、津軽塗職人から見ても、全く違和感のない表現で描かれています。道具を用意し、漆を調合し、器物に塗込む、この作業が忠実に再現されており、津軽塗がどのように製作されているかが伝わるものになっています。

また津軽塗職人が置かれている現状もしっかり描写されており、課題も浮き彫りになっています。津軽塗業界における、需要の停滞や職人の減少なども伝わってきます。時代の変化により、消費者に求められるアイテムが変わってきたことやネット社会に変り、SNS等の発信が増加したことなど業界では、まだまだやるべきことがたくさんあります。そんな中に若手職人として新たな津軽塗を提案できるような作り手が現れることが急務です。今回の映画をご視聴頂き、作り手になってみたい、津軽塗を世界にアピールしたいなど、さまざまなきっかけを作り、若者に津軽塗の担い手として業界を盛り上げていって頂きたいという願いのこもった映画であると思います。

やり続ける事、やり続ける事・・・この言葉は伝統工芸士や津軽塗作家であっても変わることのない言葉です。基本技術は数年で身に付きますが、津軽塗はとにかく奥が深い漆器。そのパターンは無限大にあります。全国の漆器産地は大量生産や作業の効率化を図り、機械化や塗料の変化など、さまざまな取り組みを行い、現在に至っています。そのような中でもまだ江戸時代から変わらない技術を要している「津軽塗」は、時代おくれではなく、その時代に対して多様に変化のできる、まさに「変り塗」であると思います。現代生活に寄り添うことのできる津軽塗をこれからも若手職人とともに作っていきたいと願います。