イントロダクション
通称“バカ塗り”
本作はその中でも、青森の伝統工芸・津軽塗をテーマに描かれる物語。タイトルにある“バカ塗り”は、津軽塗のことを指す言葉で、完成までに四十八工程あり、バカに塗って、バカに手間暇かけて、バカに丈夫と言われるほど、“塗っては研ぐ”を繰り返す。漆が丁寧に塗り重ねられるように、本作も津軽塗の完成までの工程をひとつひとつ丁寧に映し出す。またその魅力だけでなく、日本の伝統工芸が抱える社会的背景にも真摯に向き合う様は、“ものづくり”に対する敬意を感じさせる。
そして家族の物語
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監督 鶴岡慧子(『まく子』)
その他に、坂本長利、片岡礼子、酒向芳、松金よね子、篠井英介などベテラン俳優に加え、青森県弘前市で全編撮影された本作は、木野花、鈴木正幸、ジョナゴールド、王林といった青森県出身キャストも集結した。監督は、初長編作『くじらのまち』でベルリン国際映画祭、釜山国際映画祭などで高い評価を得たのち、西加奈子の小説『まく子』の映画化も手掛けた鶴岡慧子。
ストーリー
その挑戦が家族と向き合うことを教えてくれた――
幼い頃から人とコミュニケーションを取るのが苦手で、恋人や仲のいい友人もおらず、家とスーパーを往復する毎日。唯一心を開ける存在は隣に住む吉田のばっちゃ(木野花)だ。父・清史郎は、文部科学大臣賞を獲ったこともある津軽塗の名匠だった祖父から津軽塗を継いだが、今は注文も減ってしまい、さんざん苦労しているようだ。そんな青木家は、工房の隣に建つ自宅で父娘の二人暮らし。家族より仕事を優先し続けた清史郎に愛想を尽かして、数年前に家を出ていった母(片岡礼子)。父と祖父の「津軽塗を継いでほしい」という期待を裏切り家業を継がないと決め、美容師となった兄・ユウ(坂東龍汰)。気づけば家族はバラバラになっていた。
幼い頃から漆に親しんできて、津軽塗の仕事が好きだが、堂々とその道に進みたい、と公言できずにいた美也子だったが、ある日、父に久しぶりの大量注文が入り、嬉々として父の手伝いをすることに。そして、花屋で働く青年・鈴木尚人(宮田俊哉)との出会いをきっかけに、漆を使ってある挑戦をしようと心に決める。しかし、清史郎は津軽塗をやっていくことは簡単じゃないと美也子を不器用に突き放す。それでも周囲の反対を押し切る美也子。その挑戦が、バラバラになった家族の気持ちを動かしていく――。キャスト
スタッフ
プロダクションノート
- 企画の成り立ちについて
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始まりは「個人的に、ものを作る工程を見るのがすごく好きで、材料から始まって、1からものが出来ていく過程が好きなんです」と語る盛夏子プロデューサーの“ものづくり”に対するリスペクトからだった。本作の原作となる『ジャパン・ディグニティ』(産業編集センター刊)を読み、“ものづくり”が描ける映画になると確信し、企画がスタートした。市井の人々のさりげない暮らしぶりを描いた『ジャパン・ディグニティ』は、青森県の四季折々の風景やその土地に根付く食材と料理を織り交ぜながら描かれ、第1回暮らしの小説大賞を受賞した小説だ。本作の映画化にあたり監督に抜擢されたのは、西加奈子の小説『まく子』の映画化も手掛けた鶴岡慧子。盛プロデューサーと鶴岡監督が、実際に弘前へ行き職人たちと会い、この企画の活路が開かれた。「実際にお仕事を拝見すると、小説で読むのと実際見るのとでは大違い。塗っては研ぎ、塗っては研ぎ、を繰り返した結果、何年も使える強く美しい製品が出来上がり、壊れたら修理してまた使えるという、力強さと説得力。これは映画にして伝える意味があると感じたのを覚えています。」(盛プロデューサー)
- 脚本の執筆に欠かせなかった、津軽塗のリサーチ
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本作が津軽塗りに出会うきっかけだったという鶴岡監督。2018年にプロットを書き始め、まずは物語パートを書き進めたが、肝心の津軽塗の描写はぼんやりしていた。津軽塗を本格的に勉強し始めたのは、弘前に脚本の小嶋健作と共に初めて訪れた2020年の2月、津軽塗職人と実際に会って話を伺い、勧められた津軽塗の本をバイブルのように読んだという鶴岡監督。「津軽塗の本には、乾かすのには何時間とか、それぞれの工程が表になって説明されているのですが、漆塗りは天気や気温、湿度にすごく左右されるので、絶対にその表通りにはいかないんです。自分の経験と感覚を頼りに、実際に漆の状態を見て、次の工程に進めるか、もう少し漆風呂に入れておいた方がいいかなどを職人さんは見極めているそうです。」(鶴岡監督)
津軽塗の描写に関して、職人と密に擦り合わせて修正していき、2年半という歳月をかけてついに脚本を完成させた。
- キャスティングについて
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主人公・美也子は自分に自信が持てない内気な性格だが、実は内に秘めた情熱も持っている女性。美也子を演じてもらうのに、堀田以外考えられなかった。堀田と初めて会った鶴岡監督も、彼女の芝居に対するまっすぐなやる気に感嘆したという。「美也子は、ブランドものの洋服を見たことすらない人間です。結果的に、私が考える美也子のキャラクターと、堀田さんが元々持ってらっしゃる芯の華やかさと素朴さがうまくコラボしたような役になったのではと思います。」(鶴岡監督)] 父・清史郎のキャスティングについては、職人としての経験が、そこにいるだけで証明できるような説得力が欲しく、適任者として小林薫の名があがった。経験も実力も兼ね備えた小林は、かなり早い段階から津軽弁の方言の習得に努めた。兄・ユウは家業を継がないと決め、自ら進むべき道を選択して力強く生きるキャラクターで、説得力が必要な役どころ。髪を明るく染めた坂東を見て、「あ、ユウちゃんだ」とみんな納得のキャスティングとなった。尚人役の宮田に関しては、家でテレビを全く見ないという鶴岡監督にとって、普段の宮田を知らないからこそ、どういう芝居をするか予想がつかないため、それが逆にワクワクさせられ面白かったという。
- ロケ地 弘前について
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青森県を舞台に津軽塗を題材にした作品ということで、全編青森県弘前市で撮影することとなった。本作のメインのロケ地となる「青木家」は弘前市のとある民家を借り、母屋の1階を青木家の居間・仏間・台所として、同じ敷地内にある離れを、清史郎の工房の外観として使用した。清史郎の漆工房には、津軽塗職人・松山継道さんが長年作業をされていた松山漆工房を、そのまま借りる形となった。「漆塗りの道具や漆を乾燥させる漆風呂はもちろん、床や壁、天井に至るまで、漆と時間の沁み込んだ様子は、まるでひとつの作品のような、圧倒的な存在感がありました。この映画の第二の主役です。」(盛プロデューサー)
- 1カット1カットこだわりの津軽塗制作シーン
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津軽塗指導にあたってくれた津軽塗職人である松山昇司さんと山岡奈津江さんの指導のもと、美也子役の堀田と清史郎役の小林は実際に津軽塗に挑戦した。堀田は「こんなにもひとつものができあがるまでに時間がかかるということを知り、長い時間をかけて、何度も色を塗り重ねたり、そぎ落としたり、自分の人生のようにも例えられるなと思いました」と撮影を振り返る。この津軽塗の制作シーンは特別にこだわったという鶴岡監督。「津軽塗の制作シーンを省略しすぎてしまうと、津軽塗がものすごい数の工程を踏んで作られているものだということが伝わらなくなってしまうので気をつけました。ひとつひとつの工程をしつこく見せるぞ!という思いで撮りました。本物を作っている動きだったり、音だったりを感じてもらいたいという狙いで、かなり長尺を割いています。」(鶴岡監督)
- タイトル『バカ塗り』に込めた想い
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タイトルの考え方は色々あるが、サラッと流れてしまわないことが重要だった。「タイトルからして『何だろう?』と思ってもらうところから始めたいなと思い『バカ塗り』という強いワードを使用することにしました。『バカ丁寧』『バカ正直』のバカです。」(盛プロデューサー)
鶴岡監督が「バカ塗りの『バカ』とは、ひたむきさを表すバカです」と語るように、本作では“ものづくり”に対して誠実に情熱を傾ける人々の姿が描かれる。それは、津軽塗が色鮮やかな模様を研ぎ出すように、人々の魅力も鮮やかに映し出される。
- 津軽塗が繋ぐメッセージ
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伝統工芸品はどれもそうかも知れないが、特に津軽塗製品の値段が高いのにはちゃんと理由がある。「それを言葉で説明するよりも、映画を観て『なるほど、これは価値があるものなのね』と感じて欲しいんです。それは本作の津軽塗だけではなくて、日本の全国のそういう伝統工芸に対しても『そうなのかもしれないな』と思いを馳せてくださったらいいなと思います。」(盛プロデューサー)
そしてこの作品を監督した鶴岡監督もまた、改めて“ものづくり”に対する、そして津軽塗に対する想いをこう綴る。「津軽塗と出会い、ものづくりに対する慎ましくも純度の高い情熱に触れ、私もこんなふうに映画をつくりたいと思いました。1カット1カット丁寧に、漆を塗り重ねるように撮る。色鮮やかな模様を研ぎ出すように、登場人物たちの個性で画面を満たす。みんなでつくったこのひたむきな作品を、たくさんの方に楽しんでいただけたら幸いですし、津軽塗の魅力を知っていただけたら嬉しいです。」(鶴岡監督)
解 説
伝統工芸津軽塗について
石岡 健一
津軽塗とは、青森県津軽地方で生産される伝統漆器の総称とされており、青森県で唯一の国指定伝統工芸品であります。1873年にウィーン万国博覧会に漆器を展示する際に、産地を明らかにするために「津軽塗」と名付けたとされております。また津軽地方における漆器産業としては江戸時代に遡り、唐塗、ななこ塗、紋紗塗、錦塗の4つの技法が現代に受け継がれ、その技術は「研ぎ出し変わり塗」と呼ばれております。研ぎ出し変わり塗とは幾重にも塗り重ねた漆を平らに研ぎ出して模様を表す技術です。塗っては研ぐことを繰り返して作られる技法は48工程にも及び、2ヶ月以上の日数を費やして生まれてきます。そのため非常に耐久性があり、多彩な色柄が特徴の津軽塗は「堅牢・優美」と評されております。
唐塗独特の複雑な斑点模様は、何度も塗っては乾かし、そして研ぐという作業を繰り返し、全部で48の工程から生み出されるものです。 この唐塗という名は、もともと中国からの輸入品を唐塗と呼んでいたことに由来しています。優れたもの、珍しいものという意味で、当時の風潮を反映して唐塗と命名したものとされています。
製作には非常に手間と時間がかかり、さらに高度な技術を要します。そのため錦塗を塗り上げられる職人はわずかしかいないとされており、製品も少なく価値が高いものとなっております。華やかな金や銀の蒔絵に憧れた庶民の想いが結集した豪華な塗り技法です。
また津軽塗職人が置かれている現状もしっかり描写されており、課題も浮き彫りになっています。津軽塗業界における、需要の停滞や職人の減少なども伝わってきます。時代の変化により、消費者に求められるアイテムが変わってきたことやネット社会に変り、SNS等の発信が増加したことなど業界では、まだまだやるべきことがたくさんあります。そんな中に若手職人として新たな津軽塗を提案できるような作り手が現れることが急務です。今回の映画をご視聴頂き、作り手になってみたい、津軽塗を世界にアピールしたいなど、さまざまなきっかけを作り、若者に津軽塗の担い手として業界を盛り上げていって頂きたいという願いのこもった映画であると思います。
やり続ける事、やり続ける事・・・この言葉は伝統工芸士や津軽塗作家であっても変わることのない言葉です。基本技術は数年で身に付きますが、津軽塗はとにかく奥が深い漆器。そのパターンは無限大にあります。全国の漆器産地は大量生産や作業の効率化を図り、機械化や塗料の変化など、さまざまな取り組みを行い、現在に至っています。そのような中でもまだ江戸時代から変わらない技術を要している「津軽塗」は、時代おくれではなく、その時代に対して多様に変化のできる、まさに「変り塗」であると思います。現代生活に寄り添うことのできる津軽塗をこれからも若手職人とともに作っていきたいと願います。