イントロダクション
A24とタイ・ウェストがタッグを組んでホラーを製作する、と聞いたときから密かに期待していた『X エックス」。ウェストといえば、80年代を舞台にしたレトロなホラー『The House of the Devil』(09)で注目を集め、同世代の盟友アダム・ウィンガードのブレイク作『サプライズ』(11)に俳優として出演していたが、そのウィンガードも今や『ゴジラvsコング』(21)でメガホンを取るメジャー監督に大出世。逆に近年ウェストの名前を聞くことはほとんどなかった。が、この70年代のテキサスを舞台にホラーとポルノを巧みに融合したストレートなスラッシャー映画で批評・興行の両面でキャリア史上最大の成功を収め、完全復活! A24ホラーの恒例となりつつある徹底解析ですが、これを読んで『X エックス』の世界により深く入り込んでみてください。
小林真里(映画監督/映画評論家)
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『悪魔のいけにえ』とマリオ・バーヴァからの影響
1979年のテキサスが舞台の『X エックス』は、トビー・フーパー監督のスラッシャーホラーの金字塔『悪魔のいけにえ』(74)のDNAを受け継いだ作品だ。バンに乗った若者たちがテキサスの田舎で凶悪な家族(『X エックス』では夫婦)に襲われるというストーリーもそうだが、オレンジ色の朝陽が輝く早朝のラストも共通している。あと『X エックス』の極悪夫婦のルックスがミイラっぽいのは『悪魔のいけにえ』のグランパがモチーフなのかもしれない。また、『X エックス』はモダン・ホラーのゴッドファーザーことマリオ・バーヴァ監督の作品からも多大な影響を受けていることをウェストが認めている。なるほど、RJがパールに惨殺されるシーンで鮮血が画面を覆うような真紅の色調は、バーヴァの代表的なジャーロ『モデル連続殺人!』(64)からの影響と見てとれなくもない。
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タイトル『X』の意味
映画のエンディングに登場するタイトル『X』はアメリカのレイティング、X指定から取られている。これはアメリカ映画協会が1968年から90年まで採用していたレイティング・システム(映画が鑑賞できる年齢制限枠)の一つで、16歳以下の観客は鑑賞不可能という意味。X指定を受けた作品には『時計じかけのオレンジ』(71)『真夜中のカーボーイ』(69)『ラストタンゴ・イン・パリ』(72)などがある。その後、ポルノ映画がX指定とより関連づけられるようになり、映画館はX指定の作品の上映を拒否するようになっていく。1990年にはX指定の代わりに、新たに17歳以下は鑑賞不可能の「NC-17」というレイティングが設けられる。また、劇中のセリフに登場する「Xファクター」もタイトルを匂わせるワードだが、これは「未知の人物、未知の要因、特別な才能(特質)」という意味がある。Xには「エクスタシー」という意味もあるが、これはドラッグのエクスタシーを指す。
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70年代、ポルノとホラーの相関関係
1970年代、アメリカではホラー映画とポルノ映画はいわば共生的な関係にあり、映画界のアウトサイダーでもあった。ハリウッドのシステムの外部で経験のないまま映画を撮る手段として、インディペンデントの若き映画監督たちは低予算のホラーやポルノからキャリアをスタートさせたのだ(そう、『X エックス』は70年代のインディペンデント映画製作へのオマージュでもある)。1969年から84年までの15年間がアメリカのポルノの黄金期と呼ばれ、その嚆矢はアンディ・ウォホールが監督した『Blue Movie』(62)と言われている。その後、リンダ・ラブレース主演『ディープ・スロート』(72)とマリリン・チェンバース主演『グリーンドア』(72)といった作品が劇場で大ヒットを記録し社会現象になった。80年代に入ると、ビデオという新しいメディアが誕生したことでポルノ映画の黄金期は終焉を迎えることになる。
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『ブギーナイツ』への熱いオマージュ
ポール・トーマス・アンダーソン監督のブレイク作『ブギーナイツ』(97)は、1977年のL.A.のポルノ業界の内幕を描いた作品だが、『X エックス』も1979年のポルノ映画製作クルーたちの物語。『X エックス』の冒頭、ストリップクラブの楽屋でウェインが恋人のマキシーンに向かって「お前は特別だ。こんな女は他にいない」とつぶやき、一人になったマキシーンが鏡に映る自分に向かって「私はセックスシンボル(I'm a fuckin' sex symbol」と発破を掛けるシーンがある。これは『ブギーナイツ』のラストで、ポルノ業界に復帰したマーク・ウォルバーグ演じるダーク・ディグラーが、楽屋の鏡に向かって映画のセリフをリハーサルしてから「俺はスターだ。俺はビッグだ」と自分を鼓舞する熱いシーンへのオマージュだろう(この一連シーンはマーティン・スコセッシ監督『レイジング・ブル』(80)へのダイレクトなオマージュでもある)。
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『The Farmer's Daughters』
劇中、主人公たちが撮影しているポルノ作品は『The Farmer's Daughters』というタイトルだが、まさに同名のポルノ映画が存在する。1976年にゼベディ・コルトが監督し、人気ポルノ女優、グロリア・レオナルド主演の58分の作品。後に脚本家や俳優としてブレイクするスポルディング・グレイも出演している。
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ストリップクラブの壁画
冒頭に登場するストリップクラブの側面に描かれている、ブロンドの女性が水辺でアリゲーターに水着を引っ張られている巨大な壁画は、その後、ブリタニー・スノウ演じるボビー・リンが湖でアリゲーターに食べられて死亡するシーンを示唆している。
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牛乳の広告
夜中にジャクソンが冷蔵庫から取り出す牛乳のパックの側面に「MISSING PERSONS」(行方不明者)の広告が掲載されているが、この写真の男はロレインが発見する地下室で監禁されている男だと推測される。『X エックス』の舞台は1979年だが、実際には、この種の行方不明者の牛乳広告が見られるようになったのは1984年以降だという。
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マキシーンとパール
『X エックス』ではミア・ゴスが主人公マキシーンと極悪老婆パールの二役を1人で演じている。なかなか珍しいケースだが、これはパールがマキシーンに若かりし頃の野心的で自由な自分の姿と失われた時間を見ると同時に、パールがマキシーンの一つの可能性としての未来の姿を体現しているという、まるで同じ人物の過去と未来を象徴しているかのような「合わせ鏡」的なキャラクターを想起させることが狙いだったのではないか、と推測する。マキシーンは最後にパールを殺害するが、これはパールの生き方と人生の完全否定を意味しているのかもしれない。ラストでは、マキシーンが殺人鬼夫婦の自宅のTVに度々映る保守的なテレビ伝道師の娘であることが明かされるが、プリクエル『Pearl』では宗教的な要素も絡めながら、マキシーンとパールを繋ぐ、マキシーンの父親とパールの関係も描かれるのだろうか?
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『サイコ』の引用
一同が部屋でビールを飲んでいる中、ロレインがヒッチコックの『サイコ』(60)に言及するシーンがあるが、その後、ジャクソンが沼に車が沈んでいるのを発見するシーンが登場する。『サイコ』の中でも、ノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス)がマリオン・クレイン(ジャネット・リー)の車を沼地に沈めるシーンがあったので、そのオマージュと思われる。他にも『シャイニング』(80)へのダイレクトなオマージュも終盤に見ることができる。
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撮影監督はトビー・フーパーとワニ映画でコラボ!
『X エックス』の撮影監督エリオット・ロケットは、これまでにも『The House of the Devil』や『インキーパーズ』(11)といった作品でタイ・ウェストとコラボしているが、かつてトビー・フーパー監督のワニ映画『レプティリア』(00)でも撮影監督を担当。春休みに湖にやってきた大学生たちが巨大ワニに襲われるというパニックホラーだが、『X エックス」にもアリゲーターが暗躍するシーンが見られる。
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タイ・ウェストのレトロ趣味
『X エックス』は1979年が舞台のレトロなホラーだが、タイ・ウェストのブレイク作『The House of the Devil』も70年代と80年代のホラーへのオマージュを捧げたレトロホラーで、16mmのフィルムで撮影された。同作はベビーシッターに雇われた女性大生が悪魔崇拝カルトに狙われるというストーリーで、今や『レディバード』(17)や『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(19)『Barbie』(23)の監督として大活躍中のグレタ・ガーウィグが準主役を演じており劇中無惨な死を遂げる。
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老人ホラーの系譜
『X エックス』のヴィランは老人ということで、近年増加しつつある「老人ホラー」の系譜に連なる。このサブジャンルにはアダム・ロビテル監督『テイキング・オブ・デボラ・ローガン』(14)や、M・ナイト・シャマラン監督『ヴィジット』(15)、ベラ・ヒースコート主演『レリック -遺物-』(20)、サム・ライミ製作『Umma』(22)といった作品が挙げられるが、そういえばA24製作のアリ・アスター監督の2本『ヘレディタリー 継承』(18)と『ミッドサマー』(19)にも不気味な裸の老人が登場した。『X エックス』はエージング(老齢化)の悲しみと恐怖を描いたホラーと言うこともできるかもしれない。
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新時代スクリーム・クイーン、ジェナ・オルテガ
『X エックス』で撮影クルーの一人、ロレインを演じたのがブレイク中の弱冠19歳の女優ジェナ・オルテガ。子役として『アイアンマン3』(13)や『インシディアス 第2章』(13)に出演し、今年1月に全米公開され大ヒットを記録した『スクリーム』シリーズ5作目『Scream』でも主人公の一人を演じ、またフー・ファイターズのメンバー主演のホラーコメディ『Studio 666』にも出演。さらにNetflix製作でティム・バートン監督の『アダムス・ファミリー』のスピンオフ作品「Wendesday」(年内配信予定)では主役のウェンズデー・アダムスを演じるという、巨大な瞳が印象的な現代のスクリーム・クイーン。
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プリクエル『Pearl』
今年3月のSXSW映画祭での『X エックス』ワールドプレミア上映後に突然アナウンスされた、前日譚作品『Pearl』。『X エックス』を撮影したニュージーランドでの2週間の隔離期間中にウェストが脚本を執筆、その後A24からゴーサインが出て、立て続けに同地で『アバター2』のクルーとともに極秘裏に撮影された。映画の舞台は1918年、第一次大戦下のアメリカ。『X エックス』でミア・ゴスが演じた老婆パールの若かりし頃に焦点を当てた、ダグラス・サークのメロドラマをベースにした『メリーポピンズ』風味のテクニカラーのスラッシャーだという。『X エックス』は三部作になる予定だとウェストは語っているが、実現することを願いたい。
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映画の元ネタ?アメリカ最年長の殺人鬼夫婦
タイ・ウェストは公言していないが、『X エックス』の殺人鬼夫婦のモデルになった可能性があるのが、レイとフェイのコープランド夫妻だ。1989年8月、クライム・ストッパーズ(犯罪に関する匿名の情報提供を受けるコミュニティサービス)に一本の電話がかかってきた。ミズーリ州ムーアズヴィルにあるコープランド夫婦の農場で働いていた元従業員、ジャック・マコーミックだった。「あそこで働いていた時、人骨を見つけた。俺もレイに殺されかけた」。その後、警察が農場をくまなく調査したところ、納屋のそばで3人の若い男の死体が見つかり、最終的に5人の死体が発見された。被害者は全員、金目当てで殺された流れ者の元従業員だった。フェイはこの5人に7人の元従業員を加え、計12人の犠牲者のリストを作った。それぞれの名前の横には手書きで「X」と記されていたという。レイ・コープランドは76歳で、フェイ・コープランドは69歳で死刑判決を下された。2人はアメリカで死刑を宣告された最年長のカップルとなった。
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タイ・ウェストを発掘した男、ラリー・フェッセンデン
ニューヨークの大学、スクール・オブ・ビジュアル・アーツで映画製作を学んでいたタイ・ウェストは、ある教授の紹介でラリー・フェッセンデンと出会う。そう、俳優・監督・プロデューサーとしてジャンル映画を中心に活動し、1985年にニューヨークで製作スタジオ、グラス・アイ・ピックスを設立した米インディペンデント映画界の重要人物だ。フェッセンデンはウェストの短編『The Wicked』(01)でその才能を認めると、70年代を舞台にしたデビュー長編ホラー『The Roost』(05)をプロデュース(兼出演)。長編2作目のスリラー『Trigger Man』にも出演し、『The House of the Devil』と『インキーパーズ』をプロデュースするなどウェストの初期のキャリアを支えた。そんなフェッセンデンだが、今やインディペンデント界の重鎮であるケリー・ライカートとも親交が深く、彼女の監督デビュー作『リバー・オブ・グラス』(94)で主演を務め、編集も担当。その後『ウェンデイ&ルーシー』(08)に出演しプロデュースも手がけ、『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(16)では製作総指揮に名を連ねている。今年4月にはニューヨーク近代美術館(MoMA)で、ラリー・フェッセンデンのキャリアを祝したレトロスペクティヴが開催され、20本以上の関連作品が上映された。ルックスはジャック・ニコルソン似。