INTRODUCTION
18世紀以来語られてきた“シェイクスピア別人説”、
そのあり得たかもしれない真実を
大胆に描いた第一級の歴史ミステリー
史上最高の劇作家ウィリアム・シェイクスピア。しかし、その生涯は謎に包まれている。彼が残した戯曲37作品、ソネット154篇、物語詩数編は、英語における究極の表現として知られる。にも関わらず、シェイクスピア本人による自筆の原稿はこの400年もの間、何ひとつとして見つかっていない。イングランドの田舎町ストラトフォード・アポン・エイヴォンに生まれ育ち、高等教育を受けた形跡もない彼が、何故あれほど深い教養を持ち、宮廷の事情にも通じていたのか? もしかしたら傑作といわれる戯曲、詩の数々の作者は別にいたのではないか?
この“シェイクスピア別人説”は、18世紀に始まった論争で、誰がシェイクスピアだったのか数々の説を生みながら、今なお批評家たちの心をとらえ続けている。論争はアカデミックな分野だけではなく、精神分析学者のフロイト、作家のマーク・トウェイン、映画人ではチャーリー・チャップリンやオーソン・ウェルズといった著名人も関心を寄せ、彼らも“別人説”を支持してきたのである。
映画は、別人説の中で、現在もっとも有力とされている“第17代オックスフォード伯エドワード・ド・ヴィア”が真の作者ではなかったか、という説に立ち、なぜ彼がその真実を隠さねばならなかったのか、その謎に迫る。 そこから浮かび上がるのは、数奇な運命に翻弄された悲劇の男の物語。第一級エンタテイメントとして堪能できる歴史ミステリーがここに誕生した。
STORY
16世紀末、エリザベス朝――
当代一流の知識人・詩人・劇作家として知られたひとりの貴族がいた。
その名は“第17代オックスフォード伯爵エドワード・ド・ヴィア”
彼こそがシェイクスピア作とされる名作の数々を著した作者……
しかしなぜ、彼はその真実を隠さねばならなかったのか。
数奇な運命に翻弄された悲劇の男の物語がいま、明かされる――。
16世紀末。エリザベス一世統治下のロンドン。一人の男が捕らえられ、ロンドン塔へ送られる。彼の名はベン・ジョンソン(セバスチャン・アルメストロ)。劇作家。尋問人が彼に尋ねる。「オックスフォード伯エドワード・ド・ヴィアがお前に渡した作品はどこにある?」。
時は少し遡る。ロンドンの街では演劇が盛んになり、市民も貴族も芝居に熱狂していた。しかし、この風潮を快く思わない者もいた。エリザベス一世の宰相として権力をふるうウィリアム・セシル卿(デヴィッド・シューリス)とその息子ロバートである。セシルは「芝居は悪魔の産物」と決めつけ、芝居に扇動された民衆が政治に影響を与える事を恐れていた。そんなある日、オックスフォード伯エドワード・ド・ヴィア(リス・エヴァンス)がサウサンプトン伯(ゼイヴィア・アミュエル)に連れられ、評判の芝居を見にやってきた。作者はベン・ジョンソン。鮮やかな芝居に感心するエドワードだったが、芝居の途中でセシルの兵が現れて上演を中止させ、作者も役者も観客さえも取り押さえようと劇場は大混乱となる。すんでのところで逃げ出した2人。だがエドワードの目には観客の熱狂が残っていた。これこそセシル父子が恐れる“力”なのだ。
セシルは、老いたエリザベス(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)の後継にスコットランド王ジェームスを据えようとしていた。エドワードにとってセシルは義父だが、彼は義父とは異なり、チューダー朝の王たるべき者が後継であるべきと考えていた。エドワードが庇護するサウサンプトン伯とともに“エリザベスの隠し子”と噂されるエセックス伯も強力なチューダー朝派で、セシルは彼らをエリザベスから遠ざけようしていた。
作者は、匿名。
妖精パックが蘇らせるエリザベスとの秘密。
エドワードはサウサンプトン伯に、かつてエリザベスが愛した“芝居”によって、女王の心に近づく事をすすめる。サウサンプトン伯が女王に贈った芝居、匿名の作者によるその芝居は女王に若き日の思い出が蘇らせる。
ときは16世紀半ば、若きエリザベス(ジョエリー・リチャードソン)は、ある日、オックスフォード家に招かれ、ある芝居を見る。聞けばその芝居は「パック」という妖精の役を演じた、まだ幼さを残す少年が書いたのだという。それがオックスフォード家のエドワードだった。それから間もなく父を亡くしたエドワードは、ある密かな理由からセシル卿に引き取られて英才教育を受け、イタリアをはじめヨーロッパ全土を旅し、文武に秀でた美しい青年へと成長した。やがて、エリザベスはエドワード(ジェイミー・キャンベル・バウアー)を男性として愛するようになった。しかし、女王とエドワードの恋愛に危険を感じたセシルは、彼を女王から遠ざける策略を講じる。エドワードは宮廷を追放。その時、彼はエリザベスが自分の子供を身ごもっていたことを知らなかった……。エドワードは、セシルの娘と結婚を強いられ、以来彼は望みを失い、屋敷の書斎に篭ってばかりいる生活を送るようになった。
シェイクスピア、お前は作家になったのだ。
牢に捕われていたベン・ジョンソンをエドワードは助けた。エドワードは彼を自分の屋敷の書斎に招くと、こう申し出る。「自分が書いた戯曲を、君の名で上演して欲しい」と。エドワードが渡した戯曲は、「ヘンリー5世」。半信半疑で役者たちに戯曲を渡したベンだったが、ローズ座での上演に自分の目を疑った。聖クリスピンの祭日の演説の場。「今日ともに血を流す者は我が兄弟となる。祖国イングランドで寝床にいる貴族たちは男として必ずや引け目を感じるだろう!」。固唾を呑んで役者の演技を見守っていた観客から万雷の拍手が巻き起こる。興奮した観客は作者の登場を要求した。その時、ジョンソンの機を先んじて、ある男が舞台にすすみでて自身が作者であると名乗り出た。芝居に出ていた役者、ウィリアム・シェイクスピア(レイフ・スポール)である。シェイクスピアが作者を名乗ったのは予想外だったが、もう動き始めた車輪は止まらなかった。ベンは定期的にエドワードの屋敷に行き、戯曲を受け取った。「ジュリアス・シーザー」、「マクベス」、「十二夜」、「ロミオとジュリエット」…。芝居はどれも大好評だった。シェイクスピアは次第に時の人となり、そしてエドワードは妻に非難されるも再び“書く事”に溺れていった。「登場人物たちの“声”が聞こえるのだ。書かなければ私は正気を失う」。
“シェイクスピア”の芝居は民衆を動かし始めた。父を殺し母を奪い王位を簒奪した叔父に復讐する「ハムレット」は、民衆にセシルへの憎しみを燃え上がらせ、エリザベスが再び芝居に熱中しはじめたことにも怯えを感じたセシル父子は、“シェイクスピア”の影にエセックス伯を王位に就けようとするエドワードの存在を疑い、策略によってエセックス伯とサウサンプトン伯をアイルランド遠征へと送る。遠征の最中、ウィリアム・セシルが死の床につく。エリザベスはエセックス伯を呼び戻すが、ロバート・セシルはエセックス伯に謀反の疑いをかける。エセックス伯はついに剣をもってセシル追放を決意するが、エドワードは「言葉がエリザベスの心を変える」と彼を止め、40年ぶりに女王に謁見する。彼のソネットは女王の胸に何か波立たせる。エドワードは、さらに新しい芝居「ヘンリー3世」によって民衆に火をつけようとした。だが、その頃、シェイクスピアへの嫉妬から、ベンがセシルの配下に「ヘンリー3世」を密告しエドワードの計画は失敗に終わる。エセックス伯とサウサンプトン伯は反逆罪で斬首刑を命じられる。失意のエドワードにロバート・セシルはさらに衝撃的な真実を告げた。すべてを知ったエドワードは、自らが身代わりになる覚悟で、エリザベスに二人の愛の結晶であるサウサンプトン伯の恩赦を乞う。エリザベスは恩赦を与えるが、そのかわり、エドワードの著作に未来永劫、彼の名を封印することを誓わせる。
晩年、エドワードは貧しい暮らしの中でもなお執筆を続け、死の直前、すべての著作をベン・ジョンソンに手渡して波乱の生涯を閉じた。彼の“匿名”の著作の数々は守られ、後世に伝えられていくのだった。