イントロダクション

作者の父 井上光晴と、私の不倫が始まった時、
作者は五歳だった。
五歳の娘が将来小説家になることを信じて疑わなかった亡き父の魂は、
この小説の誕生を誰よりも深い喜びを持って迎えたことだろう。
作者の母も父に劣らない文学的才能の持主だった。
作者の未来は、いっそうの輝きにみちている。百も千もおめでとう。
――瀬戸内寂聴     「あちらにいる鬼」/朝日新聞出版 刊行時の抜粋コメント
作家の女、作家の男、
そしてその妻――
出家に至る背景には3人の計り知れない繋がりがあった。
 2021年11月9日、満99歳で波乱の生涯を閉じた作家・僧侶の瀬戸内寂聴。恋愛に生き、情熱を作品に昇華させる前半生を送った彼女に出家を決意させたのは、同業者で妻子ある井上光晴との7年にも及ぶ道ならぬ恋だった――
 その渦中にいた井上夫妻の長女で直木賞作家の井上荒野が、彼らをモデルに綴った傑作小説「あちらにいる鬼」が映画化された。
ひとりの男を介して浮き彫りになる、互いの存在。
いつしか同志にも似た感情が芽生えてゆく。
 主人公・みはる、のちの寂光に寺島しのぶ、白木篤郎に豊川悦司を迎え、白木の妻・笙子を広末涼子が演じる。監督・脚本は、『ヴァイブレータ』、『やわらかい生活』などで協働してきた廣木隆一と荒井晴彦。
 みはると篤郎が最後の夜を経て、剃髪した彼女が寂光となった後も保たれた3人の言いようのない繋がり。恋情、熱情、激情……と感情の形を変えながら、やがて慈しみの心持ちに至った時、私たちは愛というものの底知れなさを突きつけられることだろう。男女を超えたその先の境地に迫る、濃密な人間ドラマがここに完成した。

ストーリー

「髪を洗ってやるよ」。
それは、男と女でいられる最後の夜のことだった。
1966年、講演旅行をきっかけに出会った長内みはると白木篤郎は、
それぞれに妻子やパートナーがありながら男女の仲となる。
もうすぐ第二子が誕生するという時にもみはるの元へ通う篤郎だが、
自宅では幼い娘を可愛がり、妻・笙子の手料理を絶賛する。
奔放で嘘つきな篤郎にのめり込むみはる、全てを承知しながらも心乱すことのない笙子。
緊張をはらむ共犯とも連帯ともいうべき3人の関係性が生まれる中、
みはるが突然、篤郎に告げた。

「わたし、出家しようと思うの」。

キャスト

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寺島しのぶ(長内みはる/寂光役)
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豊川悦司(白木篤郎役)
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広末涼子(白木笙子役)
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高良健吾(小桧山真二役)
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村上淳(秦役)
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蓮佛美沙子(坂口初子役)
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佐野岳(矢沢祥一郎役)
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宇野祥平(新城役)
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丘みつ子(白木サカ役)
寺島しのぶ
(長内みはる/寂光役)
1972年生まれ、京都市出身。2003年、『赤目四十八瀧心中未遂』(荒戸源次郎監督)と『ヴァイブレータ』(廣木隆一監督)で国内外の賞を数多く受賞。『キャタピラー』(10/若松孝二監督)では、ベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞。『オー・ルーシー!』(18/平栁敦子監督)ではインディペンデント・スピリット賞主演女優賞にノミネートされる。近年の主な出演作に、『幼な子われらに生まれ』(17/三島有紀子監督)、『止められるか、俺たちを』(18/白石和彌監督)、『ヤクザと家族 The Family』(21/藤井道人監督)、『Arc アーク』(21/石川慶監督)、『キネマの神様』(21/山田洋次監督)、『空白』(21/吉田恵輔監督)。公開待機作に『天間荘の三姉妹』(22/北村龍平監督)など。
豊川悦司(白木篤郎役)
大阪府出身。『3-4×10月』(90/北野武監督)、『12人の優しい日本人』(91/中原俊監督)、『きらきらひかる』(92/松岡錠司監督)などの映画で注目される。その後も『Love Letter』(95/岩井俊二監督)、『八つ墓村』(96/市川崑監督)、TVドラマでは「NIGHT HEAD」(92~93/CX)、「愛していると言ってくれ」(95/TBS)、「青い鳥」(97/TBS)など主演ドラマが大ヒットし、人気、実力ともに日本を代表する俳優に。映画主演作に『愛の流刑地」(07/鶴橋康夫監督)、『今度は愛妻家』(10/行定勲監督)、『必死剣 鳥刺し』(10/平山秀幸監督)、『一枚のハガキ』(11/新藤兼人監督)、『後妻業の女』(16/鶴橋康夫監督)、『パラダイス・ネクスト』(19/半野喜弘監督)、『弟とアンドロイドと僕』(22/阪本順治監督)など。近年の作品に『ラストレター』(20/岩井俊二監督)、『いとみち』(21/横浜聡子監督)、『子供はわかってあげない』(21/沖田修一監督)、『鳩の撃退法』(21/タカハタ秀太監督)、『キングダム2 遥かなる大地へ』(22/佐藤信介監督)など。ハリウッド映画『ミッドウェイ 日本の運命を変えた3日間』(20/ローランド・エメリッヒ監督)では連合艦隊司令長官・山本五十六を演じ好評を博した。公開待機作に、主演作『仕掛人・藤枝梅安』(23/河毛俊作監督)、『そして僕は途方に暮れる』(23/三浦大輔監督)がある。
広末涼子(白木笙子役)
1980年生まれ。高知県出身。初主演映画『20世紀ノスタルジア』(97/原將人監督)で第21回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作に『おくりびと』(08/滝田洋二郎監督)、日本アカデミー賞・優秀主演女優賞を受賞した『ゼロの焦点』(09/犬童一心監督)、日本アカデミー賞・優秀助演女優賞を受賞した『鍵泥棒のメソッド』(12/内田けんじ監督)、『はなちゃんのみそ汁』(15/阿久根知昭監督)、『ミックス。』(17/石川淳一監督)、『終わった人』(18/中田秀夫監督)、『嘘八百 京町ロワイヤル』(20/武正晴監督)、『ステップ』(20/飯塚健監督)、『コンフィデンスマンJP プリンセス編』(20/田中亮監督)、『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』(22/西谷弘監督)など。
高良健吾(小桧山真二役)
1987 年生まれ、熊本県出身。2006 年『ハリヨの夏』(中村真夕監督)で映画デビュー。『M』(07/廣木隆一監督)で第 19 回東京国際映画祭日本映画・ある視点部門特別賞を受賞。『軽蔑』(11 /廣木隆一監督)で第35 回日本アカデミー賞新人俳優賞、『苦役列車』(12 /山下敦弘監督) で第 36 回日本アカデミー賞優秀助演男優賞、『横道世之介』(13/沖田修一監督)で第 56 回ブルーリボン賞主演男優賞などを受賞。最近の出演作は『くれなずめ』(21/松居大悟監督)など。
村上淳(秦役)
1973年生まれ、大阪府出身。1993年、『ぷるぷる 天使的休日』(橋本以蔵監督)で映画デビュー。『ナビィの恋』(99/中江裕司監督)、『不貞の季節』(00/廣木隆一監督)、『新・仁義なき戦い。』(00/阪本順治監督)の3作で第22回ヨコハマ映画祭助演男優賞を受賞。近年の主な出演作は『初恋』(20/三池崇史監督)、『鳩の撃退法』(21/タカハタ秀太監督)、主演を務めた『夕方のおともだち』(22/廣木隆一監督)、『島守の塔』(22/五十嵐匠監督)など。『ヘルドッグス』(22/原田眞人監督)、『沈黙のパレード』(22/西谷弘監督)が9月16日より公開。
蓮佛美沙子(坂口初子役)
1991年生まれ、鳥取県出身。2006年、『犬神家の一族』(市川崑監督)でデビュー。『バッテリー』(07/滝田洋二郎監督)でヒロインを演じ、初主演作『転校生 -さよならあなた-』(07/大林宣彦監督)でキネマ旬報ベスト・テンと高崎映画祭で新人女優賞を受賞。主な出演作に、映画『RIVER』(12/廣木隆一監督)、『白ゆき姫殺人事件』(14/中村義洋監督)、『鋼の錬金術師』(17・22/曽利文彦監督)、『記憶屋 あなたを忘れない』(20/平川雄一朗監督)など。
佐野岳(矢沢祥一郎役)
1992年生まれ、愛知県出身。2011年、ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでグランプリを受賞、翌年には舞台で俳優デビュー。2013年には『「また、必ず会おう」と誰もが言った。』(古厩智之監督)で映画初出演にして主演デビュー、同年「仮面ライダー鎧武/ガイム」にてテレビドラマ初主演を務める。主な映画出演作に『honey』(18/神徳幸治監督)、『となりの怪物くん』(18/月川翔監督)、『純平、考え直せ』(18/森岡利行監督)、主演作『ふたつの昨日と僕の未来』(18/大森研一監督)、『リスタートはただいまのあとで』(20/井上竜太監督)など。
宇野祥平(新城役)
1978年生まれ、大阪府出身。2000年、『絵里に首ったけ』(三原光尋監督)でデビュー。『罪の声』(20/土井裕泰監督)で第75回毎日映画コンクール男優助演賞など数多くの賞を受賞。2022年の主な出演作に、『前科者』(岸善幸監督)、『とんび』(瀬々敬久監督)、『夜を走る』(佐向大監督)、『ビリーバーズ』(城定秀夫監督)、『アキラとあきら』(三木孝浩監督)、『さかなのこ』(沖田修一監督)、『“それ”がいる森』(中田秀夫監督)など。
丘みつ子(白木サカ役)
1948年生まれ、東京都出身。1968年、『ある少女の告白 禁断の果実』で映画主演デビューし、翌年に日本映画製作者協会新人賞を受賞。以来、数多くの映画やドラマに出演。主な映画出演作に『復活の日』(80/深作欣二監督)、『BU・SU』(87/市川準監督)、『キッズ・リターン』(96/北野武監督)、『相棒 -劇場版II- 警視庁占拠! 特命係の一番長い夜』(10/和泉聖治監督)、『由宇子の天秤』(21/春本雄二郎監督)、『親密な他人』(22/中村真夕監督)など。

スタッフ

監督:廣木隆一
1954年生まれ、福島県出身。1982年『性虐!女を暴く』で映画監督デビュー。1994年サンダンス・インスティテュートの奨学金を獲得して渡米。2003年の『ヴァイブレータ』では、第25回ヨコハマ映画祭を始め、国内外40以上の映画祭で監督賞ほか数々の賞を獲得する。主な作品に『余命1ヶ月の花嫁』(09)、『軽蔑』(11)、『きいろいゾウ』(13)、『ストロボ・エッジ』、『さよなら歌舞伎町』(15)、『夏美のホタル』(16)、『PとJK』、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』、『彼女の人生は間違いじゃない』(17)、『ママレード・ボーイ』、『ここは退屈迎えに来て』(18)、『ノイズ』、『夕方のおともだち』(22)など。公開待機作に『母性』、『月の満ち欠け』がある。
脚本:荒井晴彦
1947年生まれ、東京都出身。季刊誌「映画芸術」の編集・発行人。若松プロの助監督を経て、77年の『新宿乱れ街 いくまで待って』で脚本家デビュー。以降、『赫い髪の女』(79/神代辰巳監督)、『キャバレー日記』(82/根岸吉太郎監督)など数々の日活ロマンポルノの名作の脚本を執筆。以降、日本を代表する脚本家として活躍し、『Wの悲劇』(84/澤井信一郎監督)、『リボルバー』(88/藤田敏八監督)、『ヴァイブレータ』(03/廣木隆一監督)、『大鹿村騒動記』(11/阪本順治監督)、『共喰い』(13/青山真治監督)の5作品において、キネマ旬報脚本賞を受賞した。その他、脚本を手がけた作品に、『神様のくれた赤ん坊』(79/前田陽一監督)、『嗚呼!おんなたち 猥歌』(81/神代辰巳監督)、『遠雷』(81/根岸吉太郎監督)、『探偵物語』(83/根岸吉太郎監督)、『KT』(02/阪本順治監督)、『やわらかい生活』(06/廣木隆一監督)、『戦争と一人の女』(13/井上淳一監督)、『さよなら歌舞伎町』(15/廣木隆一監督)、『幼な子われらに生まれ』(17/三島有紀子監督)など。脚本・監督を務めた作品には『身も心も』(97)、『この国の空』(15)、第93回キネマ旬報ベストテン第1位、第41回ヨコハマ映画祭作品賞を受賞した『火口のふたり』(19)がある。廣木監督とは今回4度目のタッグとなった。
音楽:鈴木正人
1971年ベルリン生まれ。ベーシスト/アレンジャー/プロデューサー/作家。87年、高校在学中に青柳拓次(Vo/G)、栗原務(Dr)とLITTLE CREATURESを結成し、90年にシングル「THINGS TO HIDE」でメジャーデビュー。その後、渡米しバークリー音楽院に入学。帰国後はバンド活動と並行して、ベーシスト、プロデューサーとしても活動。05年3月、文筆家の内田也哉子(vo)とCOMBO PIANOの渡邊琢磨(pf)と「sighboat」を結成。06年、自身初となるソロアルバム「UNFIXED MUSIC」をリリース。07年、菊地成孔ダブ・セクステットに参加。近年では映画「坂道のアポロン」(18/三木孝浩監督)や「おらおらでひとりいぐも」(20/沖田修一監督)の音楽を担当するなど作家としても活動。
エンディングテーマ曲:
「恋ごころ」浜田真理子
1964年島根県出雲市生まれ、松江市在住。シンガーソングライター。ピアノ弾き語り。
98年11月、1stアルバム『mariko』でCDデビュー。03年、『ヴァイブレータ』の挿入歌「あなたへ」が話題に。04年7月MBS・TBS系ドキュメンタリー番組「情熱大陸」に出演。08年、小泉今日子と音楽舞台「マイラストソング」をスタートさせる。19年11月には自身のレーベルCamellia Recordsを立ち上げる。映画、CMソングへの起用多数のほか、地元FM山陰で「浜田真理子のご機嫌さんで」のパーソナリティを務めるなど多岐にわたって活動している。

原作

「あちらにいる鬼」
父・井上光晴、母、そして瀬戸内寂聴をモデルに、逃れようもなく交じり合う3人の<特別な関係>を長女である、著者が描き切る。愛とは、〈書くこと〉とは何か。各誌で話題沸騰となった問題作。2019年2月、朝日新聞出版より刊行。
原作者:井上荒野
1961年生まれ。89年、「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞。2008年、「切羽へ」で直木賞、16年、「赤へ」で柴田錬三郎賞、18年、「その話は今日はやめておきましょう」で織田作之助賞。他に「夜をぶっとばせ」「悪い恋人」「そこにはいない男たちについて」「キャベツ炒めに捧ぐ」など著書多数。新刊は「生皮」。